ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

①韓国文学②韓国漫画③韓国のメディア観察④韓国語いろいろ⑤韓国映画⑥韓国の歴史・社会⑦韓国・朝鮮関係の本⑧韓国旅行の記録

偶然に見た「1931年の京都府立第一高女の朝鮮修学旅行」の動画に驚く

2012-10-24 23:48:19 | 韓国・朝鮮と日本の間のいろいろ
 10月21日(日)は、諸般の事情で韓国文化院に行けず。<コリアン・シネマ・ウイーク 2012>の一環で15 :30から「韓国映画の魅力と韓国映画産業の現況」と題したシンポジウム、18 :30からは今年前半のヒット作「建築学概論」の上映があったんですけどね・・・。

 その代わりに、行った所が横浜・日本大通りの日本新聞博物館
 10月6日(土)~12月16日(日)の日程で「高句麗壁画古墳報道写真展」が開催されています。
 私ヌルボ、考古学には昏く、興味関心も今ひとつという感じで、ただ古墳以外の写真もあるかなと思い行ってみました。
 実際見てみると、いろいろ興味を覚えたこともありましたが、これについて詳細は後日に回します。

 で今回の記事の本題は、この会場で放映されていた動画についてです。2種類中1つは、この写真展の個々の壁画を収録した、ごく当然の内容のもの。
 ところが、もう1つは高句麗古墳壁画とは全然関係のない「1931年の朝鮮」(17分)という動画です。
 説明によると、京都府立第一高等女学校(現鴨沂(おうき)高校)の修学旅行の記録映像とのことです。

 通して見てみると、わずか17分の映像ですが、当時の朝鮮各地のようすをそのまま映し出した、非常に貴重なものだと思いました。
 以下、順を追って旅行団一行の行程を、私ヌルボがわかった範囲で列挙します。

①京都駅での出発の光景

②もう朝鮮。(場所は不明。)
 どこの旅館かな? 釜山? 町を歩く人たちは白衣の韓服の人ばかり。トゥルマギ(上着)にサッカ(삿갓.笠)の正装の人、チゲ(背負子)を背負った人、頭上に物を乗せて歩く女性等々。

③「暗行御史公道」という石碑
 場所はどこなのでしょうか?

④蔚山
(a)「太和楼」という扁額
 コチラの韓国サイトの記事参照。上から6つ目が日本の統治期の太和楼の写真です。この記事によると、太和楼は元は新羅善徳女王の時建てられた楼閣でしたが、壬辰倭乱の時焼失しました。その扁額を、蔚山都護府の客館である鶴城館の鐘楼に移して太和楼と呼んだそうです。後に1940年蔚山公立普通学校の校庭を拡張する際に建物が壊され、個人に売られて移築されましたが、2003年9月に火災によって全焼してしまったとのことです。今年(2012年)6月のニュースによると、蔚山市では2014年の竣工をめざして太和楼の復元工事を進めています。
(b)子守の女の子
(c)鶴城館
 旅行団の宿舎かと思ったら、上述のような歴史建造物か。
(d)蔚山倭城の本丸跡等
 ウィキの説明は→コチラ。慶長の役の戦跡。

⑤田園風景
 牛耕のようすや、天下大将軍の石像等。どこかな?

⑥慶州
(a)石窟庵
 ここの前で記念写真撮影。
(b)仏国寺の多宝塔、釈迦塔等
 ※10日前の「朝鮮日報」(日本版)のコラム<萬物相>に、「釈迦塔の解体」と題した記事がありました。(→コチラ。)
(c)金冠塚
 町中にある円墳。1921年に偶然発見されたそうです。
(d)鮑石亭
 今も慶州の見学ポイントの1つ。(→コチラ参照。)

⑦ソウル
(a)市電 
(b)朝鮮神宮
(c)砧(きぬた)を打つ女性たち

 どこかな? 清渓川?
(d)昌慶苑動物園・植物園
 1909年昌慶宮の殿閣を取り壊して造られ、昌慶宮が復元された1984年までありました。本ブログ関係記事は→コチラと、コチラ
(e)光化門と朝鮮総督府
(f)鍾路の街
(g)景福宮

 慶会楼その他。
(h)京城駅

⑧平壌
(a)箕子陵
 ウィキペディアの説明によると、箕子陵は平壌の牡丹台に存在していた墓。箕子は中国殷王朝の政治家で紂王の叔父で、かつては信仰されていたが、日本統治時代の前後の頃からは「民族主義の高まりにより檀君崇拝が興り、建国の起源を古代中国に求める箕子信仰は次第に廃れていった」とのこと。それでも、平壌府の景勝地として多くの観光客が訪れたが「1959年北朝鮮政府は箕子陵を破壊し、その跡地は牡丹峰青年公園となった」そうです。
 こんなところにも、現在の権力に都合よく歴史が再構成される事例が・・・。
(b)牡丹台
 大同江に接する標高95mの丘・牡丹峰(モランボン)のこと。(※あの焼き肉のたれで知られる食品会社の名はここに由来。) 
(c)浮碧楼
 ウィキペディアの牡丹峰の説明文中にあります。城壁上の楼閣で、もとは高句麗の永明寺の一部。往時の写真絵葉書にもあります。
(d)大同江の川下り
(e)平壌妓生検番
 いやー、こういう所まで見学するとは! 本ブログ関係記事(→コチラ。) 今でいえば芸能事務所という感覚?
(f)楽浪古墳

【全体的な感想等】
 いやー、なんという修学旅行! 新幹線もなく、飛行機利用もできない昭和初期に、よくこのような旅行ができたものです。それも女学校で。朝鮮修学旅行が他にどれほど行われていたのかは未確認ですが、現代同じ行程でも何日もかかるでしょう。(って、ソウルから平壌にはもちろんすんなり行けませんが・・・。)
 また、動画を残していたのも貴重です。今では失われた建物や風俗がいろいろ映っています。YouTubeにはupされていないようですが、鴨沂高校の関係者の皆さんには、ぜひとも広く公開されるようお願い致します。
 この旅行について、あるいは他校の朝鮮修学旅行についての文字資料があれば読んでみたいものです。