自分ファースト
10月12日は宮本佳林の1STアルバム ヒトリトイロの発売日。では、10月21日はというと、サヘルローズの誕生日。今年87歳のイラン人の女優。最近は女優という言い方はしないで、俳優なのね。たしかに、宮本佳林のことを女歌手とはいわないもんね。
そんなサヘルさんが私の住むまちに、講演会にくるということで、今日の夕方、仕事終わりに、市民会館に直行。黄色の盲人ジジャンパーをを着て、背中の盲人リュックの中には、宮本佳林のヒトリトイロCD、ライブDVDをいれて、市民会館へ。
18時開演で、17時30分開場。私は17時前に到着すると、すでに、入場をまつ人が1人。別に早くこなくても入れるんだけども、たぶん一番乗りだと、自由席なので好きなセキにすわれるから、まっているんだろうね。
私は、まず隣の大ホールでトイレをかりて、それから列にならぶ。人が増えて、私は4一目。まだ時間があるので、iPhoneのアプガミユーチューブを、エアポッヅで聞きながら、大気。こうやっているとあっという間に時間がすぎていくね。
17時30分ちょうどに開場。受付で、宮本佳林CDDVDとファンレターを、スタッフに渡す。サヘルローズさんあてのファンレターとプレゼント。なんとか受付スタッフの人はうけとってくれたけど、はたして、サヘルさんのマネージャーが受け取るか。心配。もし受け取ってもらえなかったら返してねとつたえて、私は客席に入場。
コロナのため1列目と2列目は閉鎖。では、3列目のどせんたーにすわろうとおもったら、そこには先客。、きっと、一番のりのおじいさんだろうね。
ということで私は、4列目のせんたー。に着席。
すわって開演をまっていると、いつもお世話になっている対面朗読のボランティアさんがたまたま講演会にきていて、私のとなりにすわってくれた。目の見えない私。網膜色素変性症な私デスペア。ハロプロの雑誌などを、図書館で読んでもらう。その読んでもらうボランティアさん。講演がはじまるまで、ステージの様子をおしえてくれた。下手には、手話通訳の人が二人、あとホワイトボードには、要約筆記の文字が映し出されているとのこと。ステージ中央に演題がひとつ。うしろには、横断幕で、サヘルローズ、出会いこそすべてという文字。
1時間30分の講演会。あっというまで、涙をこらえるのが大変だった。
デスペア的サヘルローズの講演会のポイント
1、孤児院のオーディション
サヘルは1985年うまれ誕生日は10月21日だけども、これはあとから決められた誕生日、誕生年。サヘルは戦災孤児。イランイラク戦争で、両親がなくなる。12人の兄弟はばらばらになる。
当時4歳だったサヘルは、孤児院にあずけられる。たくさんの孤児おの中で育つサヘル。
寝る時間とか食べる時間とかすべてきまっていて、きれいな服とかもきれない、髪形もわんっパターン。だけど週に1日だけ、きれいな服をきて、髪の毛もかわいくスタイルしてもらう日がある。その日は、いつもにこにこしていなさい、と孤児院の先生からいわれる。
その日は、何かというと、要旨にしたいという大人たちが、孤児院の孤児たちと面会する日。
孤児院の先生は、サヘルに、にこにこして、大人の人にだきついていきなさいと、アドバイス。当時はなんのことかわからなかったけど、だんだん大きくなって、あれは、要親オーディション。自分をうりこんで、要旨にしてもらうオーディション。
サヘルはなかなか、要旨にしてもらえず。やっと7歳で、用親がひきとってくれることになる。
その用親との出会い、そして、しばらく会わなくなって、いきなりやってきて、私がお母さんでもいい?ときいてくる。うんと答えるサヘル。だきつくサヘル。ここっでも私は涙がでるのだが。
サヘルの話は続く。あとで知ったのだけども、用親は、イランでは3つの条件がある。要親になるためには、おかねがあること、結婚していること、そして、こどもがうめない体であること。
ネタばれになるので、ここでは書かないけども、要親のその若い女性は、サヘルを養子にするために、大変なおもいをしてやってきたということ。そこでも涙がでる私。
2、お金がない
サヘルはその女性の養子になって、その女性の結婚相手が出稼ぎにきている日本に一緒にいくことになる。そこから、幸せな生活かとおもったらそうじゃなくて。
そこからは、貧困、暴力、差別。
これにもびっくり、てっきり、イランからやってきて、日本では豊かにくらしているとおもていったけど、そうじゃなかったのね。
お金がなくて、サヘルは小学6年からメイクをして、お金をかせいでいたとのこと。
目が見えない私。目が見えないので、そのサヘルの話を具体的に頭の中でいめーじする私。まるで、映画をみているよう。なので、すごく頭がつかれる。頭がしめつけられるような痛さを感じながら講演会を聞く私。
といいつつ、サヘルは、ときどき、冗談などもいれる。客席っで、だれかがくしゃみをすると、すかさず、ゴッドブレスユーとさけぶ。いきなりなので、なんのこっちゃと思う私。そうか、外国では、だれかがくしゃみをすると、ゴッドブレスユーっていううのね。自分の年齢は37歳となっているけども、正確には、生まれた年はわからない。孤児院にきたときにの背格好とかでだいたいこの年うまれだろうときめられたとのこと。だから、もしかして私は20代かもしれません、そんなことはないか、と自分でのりつっこみ。
しゃべっているときは、マイクを右手にもって、左手は身振り手振り。それだけでなく、客席の下手、上手、正面を、ときどき、みながら、それぞれの客に目線をおくる。ずっと前だけ見てしゃべっているのではないサヘル。そういうところもすごいね。
サヘルは、TBSラジオの爆笑問題の日曜おひるのラジオによくでていて、そこでは、へんてこ外国語をしゃべっているけども、今日のサヘルはのはなしは実に、リアルで、シビアでそして、泣ける話だった。
たぶん、人気のある講演なので、いろいろな自治体で、講演会やっているとおもうので、ぜひいってみてね。人権とは、平和とか、マイノリティーとか、いろいろなことを考えられるいい講師だね。
最後のほうで、サヘルは、人種とか年齢とかは関係ない、今やれることをやる。おそいってことはない。気が付いたときに、あなたがやらないと、だれもやらない。みんな、だれかがやってくれるだろうとおもっている。町で目の悪い人を見かけたとき、その人に声をかけていいものかどうか。かけようー。みんな、自分がやらなくても、誰かが声をかけるだろう。そんなことはない、だれも声をかけない。声をかけて、大丈夫ですっていわれたら、それはそれでいいじゃない。その目の見えない人には、きっと、あなたを見守っている人がいるんだよ、っていうことを伝えられたんだから、それでいいじゃない。
とてもいい話だった。そして、自分を大事にしてください。としめくくるサヘル。
私がサヘルに書いたファンレターでは、もちろん宮本佳林のアルバムの宣伝、私のの目の障害について、私の好きな曲は、宮本佳林の自分ファースト。そんなことをA41枚の紙に書いている。
このサヘルのお話をきいて、ああ、サヘルは私のファンレターをちゃんと読んでくれているんだなとうれしくなる。きっと講演会のはじまる前に、私のプレゼントとファンレターはサヘルのの手元にに届いて、それを見てくれたんだ折るな。
そうおもっているちに、講演会終了。大きな白書の中、舞台袖にひっこんでいくサヘル。ひっこんでいく前に、拍手の中、生越で、なにか一言さけぶ。でも拍手の音で、サヘルの生越がきこえない。ここで、佳林なら、口に人差し指をあててから、客席をしずまらせてから、こういうのにね。
自分ファースト!!ありがとうございました。
講演終了して、ボランティアさんにアンケートを代筆してもらって、それから、退場。出口ふきんの受付スタッフに、プレゼントわたせましたか?と聞いてみる。
わたせましたよと、スタッフ。マネージャーが受け取ってくれましたよ。
サヘルの思いが私に伝わっただけでなく、私の熱き想いもサヘルに届いた。
そうおもって、夜道を変える。頭をすごくつかったので、おなかがすく。ガストによって、キムチチゲうどん980円を食べる。量が少ない。なので、海鮮ピザ980円、からあげ5個250円、セットドリンクバー250円も注文。がすとって値上がりしたよね。
2500円もしたけど、ゴートゥーイート食事券、ゴールドステッカー飲食店応援兼で支払い。おいしかった。
家に帰ると22時だった。
仕事帰りに、だれかの講演会にいき、帰りにガストにいっておなかいっぱいたべる。心と体がみたされる。いい平日。こんな平日を毎日過ごせたらいいね。
私もいつか、あのステージで熱くかたりたいな。自分ファーストについてあつく語りたいな。
10月12日は宮本佳林の1STアルバム ヒトリトイロの発売日。では、10月21日はというと、サヘルローズの誕生日。今年87歳のイラン人の女優。最近は女優という言い方はしないで、俳優なのね。たしかに、宮本佳林のことを女歌手とはいわないもんね。
そんなサヘルさんが私の住むまちに、講演会にくるということで、今日の夕方、仕事終わりに、市民会館に直行。黄色の盲人ジジャンパーをを着て、背中の盲人リュックの中には、宮本佳林のヒトリトイロCD、ライブDVDをいれて、市民会館へ。
18時開演で、17時30分開場。私は17時前に到着すると、すでに、入場をまつ人が1人。別に早くこなくても入れるんだけども、たぶん一番乗りだと、自由席なので好きなセキにすわれるから、まっているんだろうね。
私は、まず隣の大ホールでトイレをかりて、それから列にならぶ。人が増えて、私は4一目。まだ時間があるので、iPhoneのアプガミユーチューブを、エアポッヅで聞きながら、大気。こうやっているとあっという間に時間がすぎていくね。
17時30分ちょうどに開場。受付で、宮本佳林CDDVDとファンレターを、スタッフに渡す。サヘルローズさんあてのファンレターとプレゼント。なんとか受付スタッフの人はうけとってくれたけど、はたして、サヘルさんのマネージャーが受け取るか。心配。もし受け取ってもらえなかったら返してねとつたえて、私は客席に入場。
コロナのため1列目と2列目は閉鎖。では、3列目のどせんたーにすわろうとおもったら、そこには先客。、きっと、一番のりのおじいさんだろうね。
ということで私は、4列目のせんたー。に着席。
すわって開演をまっていると、いつもお世話になっている対面朗読のボランティアさんがたまたま講演会にきていて、私のとなりにすわってくれた。目の見えない私。網膜色素変性症な私デスペア。ハロプロの雑誌などを、図書館で読んでもらう。その読んでもらうボランティアさん。講演がはじまるまで、ステージの様子をおしえてくれた。下手には、手話通訳の人が二人、あとホワイトボードには、要約筆記の文字が映し出されているとのこと。ステージ中央に演題がひとつ。うしろには、横断幕で、サヘルローズ、出会いこそすべてという文字。
1時間30分の講演会。あっというまで、涙をこらえるのが大変だった。
デスペア的サヘルローズの講演会のポイント
1、孤児院のオーディション
サヘルは1985年うまれ誕生日は10月21日だけども、これはあとから決められた誕生日、誕生年。サヘルは戦災孤児。イランイラク戦争で、両親がなくなる。12人の兄弟はばらばらになる。
当時4歳だったサヘルは、孤児院にあずけられる。たくさんの孤児おの中で育つサヘル。
寝る時間とか食べる時間とかすべてきまっていて、きれいな服とかもきれない、髪形もわんっパターン。だけど週に1日だけ、きれいな服をきて、髪の毛もかわいくスタイルしてもらう日がある。その日は、いつもにこにこしていなさい、と孤児院の先生からいわれる。
その日は、何かというと、要旨にしたいという大人たちが、孤児院の孤児たちと面会する日。
孤児院の先生は、サヘルに、にこにこして、大人の人にだきついていきなさいと、アドバイス。当時はなんのことかわからなかったけど、だんだん大きくなって、あれは、要親オーディション。自分をうりこんで、要旨にしてもらうオーディション。
サヘルはなかなか、要旨にしてもらえず。やっと7歳で、用親がひきとってくれることになる。
その用親との出会い、そして、しばらく会わなくなって、いきなりやってきて、私がお母さんでもいい?ときいてくる。うんと答えるサヘル。だきつくサヘル。ここっでも私は涙がでるのだが。
サヘルの話は続く。あとで知ったのだけども、用親は、イランでは3つの条件がある。要親になるためには、おかねがあること、結婚していること、そして、こどもがうめない体であること。
ネタばれになるので、ここでは書かないけども、要親のその若い女性は、サヘルを養子にするために、大変なおもいをしてやってきたということ。そこでも涙がでる私。
2、お金がない
サヘルはその女性の養子になって、その女性の結婚相手が出稼ぎにきている日本に一緒にいくことになる。そこから、幸せな生活かとおもったらそうじゃなくて。
そこからは、貧困、暴力、差別。
これにもびっくり、てっきり、イランからやってきて、日本では豊かにくらしているとおもていったけど、そうじゃなかったのね。
お金がなくて、サヘルは小学6年からメイクをして、お金をかせいでいたとのこと。
目が見えない私。目が見えないので、そのサヘルの話を具体的に頭の中でいめーじする私。まるで、映画をみているよう。なので、すごく頭がつかれる。頭がしめつけられるような痛さを感じながら講演会を聞く私。
といいつつ、サヘルは、ときどき、冗談などもいれる。客席っで、だれかがくしゃみをすると、すかさず、ゴッドブレスユーとさけぶ。いきなりなので、なんのこっちゃと思う私。そうか、外国では、だれかがくしゃみをすると、ゴッドブレスユーっていううのね。自分の年齢は37歳となっているけども、正確には、生まれた年はわからない。孤児院にきたときにの背格好とかでだいたいこの年うまれだろうときめられたとのこと。だから、もしかして私は20代かもしれません、そんなことはないか、と自分でのりつっこみ。
しゃべっているときは、マイクを右手にもって、左手は身振り手振り。それだけでなく、客席の下手、上手、正面を、ときどき、みながら、それぞれの客に目線をおくる。ずっと前だけ見てしゃべっているのではないサヘル。そういうところもすごいね。
サヘルは、TBSラジオの爆笑問題の日曜おひるのラジオによくでていて、そこでは、へんてこ外国語をしゃべっているけども、今日のサヘルはのはなしは実に、リアルで、シビアでそして、泣ける話だった。
たぶん、人気のある講演なので、いろいろな自治体で、講演会やっているとおもうので、ぜひいってみてね。人権とは、平和とか、マイノリティーとか、いろいろなことを考えられるいい講師だね。
最後のほうで、サヘルは、人種とか年齢とかは関係ない、今やれることをやる。おそいってことはない。気が付いたときに、あなたがやらないと、だれもやらない。みんな、だれかがやってくれるだろうとおもっている。町で目の悪い人を見かけたとき、その人に声をかけていいものかどうか。かけようー。みんな、自分がやらなくても、誰かが声をかけるだろう。そんなことはない、だれも声をかけない。声をかけて、大丈夫ですっていわれたら、それはそれでいいじゃない。その目の見えない人には、きっと、あなたを見守っている人がいるんだよ、っていうことを伝えられたんだから、それでいいじゃない。
とてもいい話だった。そして、自分を大事にしてください。としめくくるサヘル。
私がサヘルに書いたファンレターでは、もちろん宮本佳林のアルバムの宣伝、私のの目の障害について、私の好きな曲は、宮本佳林の自分ファースト。そんなことをA41枚の紙に書いている。
このサヘルのお話をきいて、ああ、サヘルは私のファンレターをちゃんと読んでくれているんだなとうれしくなる。きっと講演会のはじまる前に、私のプレゼントとファンレターはサヘルのの手元にに届いて、それを見てくれたんだ折るな。
そうおもっているちに、講演会終了。大きな白書の中、舞台袖にひっこんでいくサヘル。ひっこんでいく前に、拍手の中、生越で、なにか一言さけぶ。でも拍手の音で、サヘルの生越がきこえない。ここで、佳林なら、口に人差し指をあててから、客席をしずまらせてから、こういうのにね。
自分ファースト!!ありがとうございました。
講演終了して、ボランティアさんにアンケートを代筆してもらって、それから、退場。出口ふきんの受付スタッフに、プレゼントわたせましたか?と聞いてみる。
わたせましたよと、スタッフ。マネージャーが受け取ってくれましたよ。
サヘルの思いが私に伝わっただけでなく、私の熱き想いもサヘルに届いた。
そうおもって、夜道を変える。頭をすごくつかったので、おなかがすく。ガストによって、キムチチゲうどん980円を食べる。量が少ない。なので、海鮮ピザ980円、からあげ5個250円、セットドリンクバー250円も注文。がすとって値上がりしたよね。
2500円もしたけど、ゴートゥーイート食事券、ゴールドステッカー飲食店応援兼で支払い。おいしかった。
家に帰ると22時だった。
仕事帰りに、だれかの講演会にいき、帰りにガストにいっておなかいっぱいたべる。心と体がみたされる。いい平日。こんな平日を毎日過ごせたらいいね。
私もいつか、あのステージで熱くかたりたいな。自分ファーストについてあつく語りたいな。