
シェラがむぎを探している。
最初は、シェラの異常行動の意味がよくわからなかった。どんな異常行動かというと、廊下に敷いてあるカーペットをシェラがクシャクシャにしてしまうのである。このカーペットは、足元がおぼつかなくなってきたシェラが滑らないようにと、半年ばかり前に横浜のIKEAで買ってきたもの。
これまで、シェラが、まるで地面に穴でも掘るようにぼくのベッドの脇のカーペットを引っ掻いていることはあっても、廊下のカーペットをクシャクシャにしてしまったことはなかった。だから、家人もシェラがやったとはにわかには信じられず、まるで異常現象が起こったかのようにぼくに語っていた。むろん、やったのがシェラであることは疑いようがなかったのであるが……。
その家人が、シェラの行為だと認めざるをえなかったのが、昨日までいっていたキャンプでのシェラの行動だった。
例年よりも梅雨が早く明けたので、金曜日を夏休みにして信州・八千穂高原へ二泊三日のキャンプに出かけた。年に3回から4回、シェラとむぎを連れて足繁く出かけてきたキャンプ場である。この5月のゴールデンウィークにも、むろん、寒いキャンプを楽しんだばかりだった。
二か月後の今回、むぎは遺骨となっての同行だった。
キャンプのとき、人間はスリーピングバッグにくるまって寝るが、シェラとむぎのためには二枚のフリースブランケットと布製の角箱型のベッドを持参する。二匹は夜中にテントの中を動きながら、ブランケットの上やらペットベッドの上、あるいはグランドシートに直接寝ている。
われわれも脚付きのキャン用のプベッド(コット)で寝るので、犬たちの寝場所はそれら人間用のベッドの下になる。今回のキャンプで、シェラが家人の目の前で自分たちのペットベッドをまるで憑かれたように引っ掻き、振り回している姿を目撃した。
「ベッドが邪魔みたいよ」と不思議なことを家人がぼくに告げたが、そんなシェラの行動はそれきりだった。

そこは、玄関に隣接した廊下の角にあり、いつもむぎが壁に寄りかかって寝ていた場所である。
むぎにしてみれば、玄関番をしていたのであろう。いつも寄りかかっている壁は薄黒く汚れてしまっている。
キャンプのとき、ベッドをひっくり返してイライラしていたのも、廊下の、いつもむぎがいた場所をかきまわしていたもの、やっぱり不意にいなくなってしまったむぎを探しているから――そう理解すれば、むぎの死からのシェラの異常行動の説明がつく。
いつもむぎがやっていた門番を今回はじめてシェラ務めた(写真=下)。それとも、シェラはどこかからむぎが帰ってくるとでも思っていたのだろうか?

ふた月前とは打って変わったキャンプ場でのシェラの寂しげな風情にぼくはただ無言で撫でてやるしかなかった。
シェラ、元気になってくれ。以前のような屈託のないシェラに戻ってくれ――ぼくは切にそう願っている。