ダニエル・ギシャール,あるいは名もなき者たちへの唄

1999年02月10日 | 歌っているのは?
 ダニエル・ギシャール Daniel GuichardのCDを買った。購入先は米国のオンライン書店Amazon.comである。先日,そこのホームページでいろいろと検索していたら,なななんとギシャールのCDなども扱っていたので,思わず注文してしまった(1枚だけの購入ではちょっと淋しいので『北米におけるカワゲラ幼虫』なんて本も一緒に注文した)。価格はDHL国際航空便を指定して$18.4ポッキリ。しかも注文してから10日程で手元に届いた。Amazon.comは今回初めて利用したのだが,たかだか2,000円ほどの費用とほんの少しの手間で積年の望みがあっけないほどカンタンに叶えられるとは,何ともまあ,田舎暮らしにとって便利な世の中になったものだと改めて感心せずにはいられない。(c)IBM

 さっそく,わくわくしながらオーディオ・プレイヤーにCDをセットする。およそ20年振りくらいだと思うが,それは記憶の底に貼り付いていたとおりの実にしみじみと懐かしい声で,聞き覚えのある唄,初めて聞く唄,さまざまに取り混ぜて全21曲の独演会でありました。冬の午後,この日ばかりは年度末の零細自営業者を取り巻く時間はゆっくりと,さよう,きわめてゆっくりと流れ,その穏やかな時間が徐々に堆積してゆくのに歩を合わせるように,じわーっと嬉しさがこみあげてくるのをどうにも止めることが出来ない。ちょうど,夢の中でまだ元気だった青少年の頃に戻った時のように,或いはずっと昔に失くした大切な物を思いもかけず再発見した時のように。このシアワセ者が!

 
 .....父さん,その頃のあなたは夏でも冬でもいつも同じ古いコートを着ていた。日曜日,それは訪れる人もなく単調な一日だった。家にはテレビがなく,子供の僕はすぐに家を飛び出して何処かに出かけてしまった。今思えば愚かな息子だった.....  そんな風に泣くんじゃないよ。今までのことはすべて忘れなさい。他人なんて勝手にしろ,だ。何も気にせず,何も気にせず,傍らで眠りなさい.....  街に雨が降る。窓にあたる雨音は優しく,子供たちを夢見心地にさせる。すべては沈黙している。君は判るかい? やさしい音が,風が唄っているのを.....  マリ・エレーヌ。それからシルヴィー,イレーヌ。君たちは覚えているだろうか? もう過ぎ去ってしまった子供の頃のことを。私は思い出す。セーヌの風に吹かれながら,愛らしい君たちの笑顔を.....  古い火山でさえ時には噴火することもある,焼けた土地は美しい4月よりも多くの収穫をもたらすことがある。けれどそのために,僕たちの間でどれだけの夜が費やされるのだろうか.....


 さまざまな断片的なコトバ,フレーズ,イメージが,まるで季節風に吹き飛ばされるかのように千切れては千切れてはワタクシに向かって吹き込まれる。それは例えようもなく心地よい気分である。ギシャールがこのディスクを録音したのは恐らく20代後半じゃないかと思うのだが,その若年寄のように渋い声(CDジャケットには la voix grave et l'accent de titi parisien なんて書かれている)の根底には,優しさに裏打ちされたある種の叙情,言ってみれば“階級の悲しみ”ないし“無名者の嘆き”を代弁するような叙情が通奏低音のように響いている,そんなことに遅まきながら気がついた。それに共鳴するワタクシは,要するに甘いんだろうかネ。でも,やっぱりウレシイんだからネ。
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