アリス・ドナ 《歌うオバサン》

2007年01月15日 | 歌っているのは?
 ひた走る わが道くらし シンシンと うたは世につれ よは歌につれ

 そういった次第で,年が改まっても相不変忙中閑有。アリス・ドナAlice Donaの2004年オランピア公演のライブ・アルバム(CD2枚組/WAGRAM 3098232)が目下のお気に入りということになっている。このアルバムを,例えば野暮用で外出する際に駅のホームや混雑した電車の中などで聞いていたり,ときには天気のよい休日,MTBで林道を登り詰めたあとに陽当りのいい山腹の草地に寝ころんで一服しながら聞いてみたり,あるいは在宅時には夕食後の慣例となっている寝袋仮眠の最中に聞いたりもしている。いずれの場合もCDからMP3プレイヤーに転送した音源が密閉型イヤホンを通してコチラの頭ン中に伝播されてくるのであって,寝袋にくるまれているときなど,それらの音楽はまるで暗く静かな洞穴のなかで冬ごもりに入りかけているクマにでもなったような,孤独で心地よい疑似冬眠状態に我をいざなう。

 オランピアの公演は2部構成になっていて,その第1部は少し前に他界したジルベール・ベコーGilbert Becaudへのオマージュの形がとられている。ベコーが創唱したさまざまな名曲・佳曲が,ときに陽気に,ときに悲しげに,ときに力強く,総じてドラマチックに歌われ,尊敬と愛情に満ちた彼女の思いの丈が綿々と綴られ織り込まれながらショウは続いてゆく。なかなかに密度の濃いステージで,知らず観客席の一人となって舞台の流れに引き寄せられてゆく。いや実は私とて,ベコーは須くオマージュを捧げるべきかけがえのない先達のひとりではあるのだが,その具体的な術をチットモ見出せぬまま,レ・ジュール・サン・ヴォン,ジュ・ドムール。。。結局,今に至るまで何んにも出来やしないのであった。そうか,ただ歌うだけでよかったのか。自らの募る思いを歌に託せばよかったのか。アリスおばさんが思い入れたっぷりのシンミリ調で歌う《息子は出て行ってしまった》とか《無関心》とかを聞いていると,まったく,泣けてくる!

 そして第2部の方では,約40年に及ぶ自らの歌手生活を振り返りつつ,自身が作曲した数多くのヒット曲を,懐かしいものから比較的新しいものまで,次々と披露している。

 ステージにはいろんなゲスト歌手が登場する。彼国の歌謡界に疎遠なワタクシにとっては未知なる方も何人か現れるが,恐らくは皆ユーメージンなのだろう。それぞれに個性的なそれらゲストとのデュエットが,これまたいずれおとらぬ大変に魅力的な歌唱であり,聞いていて実に楽しい。お馴染みのセルジュ・ラマSerge Lamaとの親しげな掛け合いなどは言うに及ばず,例えばミシェル・フュギャンMichel Fugainとの《憂鬱な人生》では両者の個性相譲らぬままに切磋琢磨する兄妹のごとき緊迫した歌い込みがみられ,ミシェル・ドリュケールMichel Druckerとの《他人の子供》では一転やや慎ましげに穏やかに夫唱婦随的なじっと抑えた歌いぶりを示し,リアンヌ・フォリーLiane Folyとの《私は女,私は音楽》ではまるで仲睦まじい母娘のように互いが水を得た魚になって濃密に歌い交わる。そういった個性と個性のぶつかり合う臨場感にあふれた競演に魅了されながら,冬眠グマは夢うつつのなかで束の間シアワセを感じてしまうのであります(DVD盤は出ていないのか~!)

 それにしても,御年57才にしては艶やかで伸びがあり,またハスキーで陰影に富んだ声色で,ときにお茶目に,ときに哀愁をたたえ,ときに決然として,情感タップリの喜怒哀楽を変幻自在の美しいメロディーに乗せて過ぎ去った40年の日々を振り返る 《歌うオバサン》 Je suis la famme, et la musique.... そんな彼女をみていると,まこと,人生イロイロだなぁ,と我ながら感慨もヒトシオなのである(何のこっちゃい)。私淑したジルベール・ベコーもそうなのだろうが,歌の世界で功成り名を遂げた者が持つ一種悠揚たる自信と,慈愛にみち溢れた所作態度,そして今なお生きてあることへの敬虔なる感謝の表れ Merci la vie! 2004年初頭のそのステージは彼女の良き人生が見事に凝縮されていたように感じられた。

 ところで,ニホンの歌謡界でいうと,アリス・ドナのような位置づけにあって彼女に比肩しうる歌い手は,さて一体誰なのだろうか? 中島みゆきあたりとは方向性が全く異なるわけだし,といってユーミンでもなく,尾崎亜美でもなく,ましてや竹内まりやなんぞでは全くなく,はてさて。。。 あるいは ちあきなおみ がリタイアせずに今でも歌っていたら彼女のようになっていたのかも知らん。それとも 平野レミ あたりはドーナンダロウカ?

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