夕方,近所のアパートに住むバーサンが拙宅の前をウロウロしていた。ちょうど私は郵便受けまで新聞を取りに出たところだった。塀越しにお互い眼が会ったので軽く会釈すると,いきなり,いま石油屋さんの車が来なかったでしょうか?と聞かれた。もう,灯油がなくなってしまったので... と,いかにも困った様子である。さっき来てましたけど,もう行っちゃったみたいですねぇ。でも,明日の朝にも別の石油屋さんが来ますよ,と教えてあげた。あーそうなんですか,それは知りませんでした,どうもありがとうございます,と深々と頭を下げて丁重に礼を言われた。いやどうも。 1年ほど前に引っ越してきてずっと一人暮らしをしている老寡婦であるが,足が悪いらしく,少しビッコを引きながらアパートへと戻っていった。
新聞を持って家の中に入ってから今の短いやりとりを反芻し,それから少々,その一人暮らしバーサンの境遇について思いを巡らせた。時々は息子夫婦が赤ん坊連れて訪ねて来ているみたいだが,ほとんどは終日一人で家の中にこもっているような生活であると見受けられる。たまに近所のスーパーで,買い物カゴを下げ,ゆっくりと足を引きずっている後ろ姿を見かけることがある。それはいかにも辛そうな歩行である。どんな思いでそのような老年の日々を過ごしているのであろうか。人心窺い知れず。人生いたるところ青山あり? いやいや,そういった独居老人一般論は置くとしても,当面の問題として,この寒い時期に灯油が切れたらさぞ大変であろうなぁ(息子は何をしているのか!)
そんな断片的な考えが途切れた後,何故だかジョルジュ・ブラッサンス Georges Brassensの唄がふと浮かんだ。《ペネロープ Penelope》である。 お前,模範的な妻,炉端のコオロギ... で始まるブラッサンスにしては出色の甘美な旋律に乗せた穏やかな語りかけだ。もっとも例によって修辞の妙,心ときめかす言葉をちりばめつつ,シニカルに,しかしあくまで優しく語る。その二番の歌詞は次のようだ。
Derriere tes rideaux dans ton juste milieu
En attendant l'retour d'un Ulyss' de banlieue
Penchee sur tes travaux de toile
Les soirs de vague-a-l'ame et de melancolie
N'as-tu jamais en reve au ciel d'un autre lit
Comte de nouvelles etoiles
おまえの分をわきまえた世界 そのカーテンの影で
郊外の家に ユリシーズが帰ってくるのを待ちながら
機織り仕事に身をかがめている
ほのかな恋心とメランコリックな夜々には
新しい星のまたたきを数えながら
別のベッドを 空高くに夢見たりはしないのか
バーサンとペネロープじゃ大違いだけれど,それにしても女性に対するこのような眼差しは,私には到底真似出来ない。出来ないけれども,時として,束の間限りのフェミニストでありたいと望む自分を見出すことがあるのもまた確かである。折りに触れてブラッサンスを聴くたび,マイッタナと思う。例えばこの《ペネロープ》なんか30代の作品なんだから。まぁ,そんな所に元気づけられている次第でもあるのですが。
新聞を持って家の中に入ってから今の短いやりとりを反芻し,それから少々,その一人暮らしバーサンの境遇について思いを巡らせた。時々は息子夫婦が赤ん坊連れて訪ねて来ているみたいだが,ほとんどは終日一人で家の中にこもっているような生活であると見受けられる。たまに近所のスーパーで,買い物カゴを下げ,ゆっくりと足を引きずっている後ろ姿を見かけることがある。それはいかにも辛そうな歩行である。どんな思いでそのような老年の日々を過ごしているのであろうか。人心窺い知れず。人生いたるところ青山あり? いやいや,そういった独居老人一般論は置くとしても,当面の問題として,この寒い時期に灯油が切れたらさぞ大変であろうなぁ(息子は何をしているのか!)
そんな断片的な考えが途切れた後,何故だかジョルジュ・ブラッサンス Georges Brassensの唄がふと浮かんだ。《ペネロープ Penelope》である。 お前,模範的な妻,炉端のコオロギ... で始まるブラッサンスにしては出色の甘美な旋律に乗せた穏やかな語りかけだ。もっとも例によって修辞の妙,心ときめかす言葉をちりばめつつ,シニカルに,しかしあくまで優しく語る。その二番の歌詞は次のようだ。
Derriere tes rideaux dans ton juste milieu
En attendant l'retour d'un Ulyss' de banlieue
Penchee sur tes travaux de toile
Les soirs de vague-a-l'ame et de melancolie
N'as-tu jamais en reve au ciel d'un autre lit
Comte de nouvelles etoiles
おまえの分をわきまえた世界 そのカーテンの影で
郊外の家に ユリシーズが帰ってくるのを待ちながら
機織り仕事に身をかがめている
ほのかな恋心とメランコリックな夜々には
新しい星のまたたきを数えながら
別のベッドを 空高くに夢見たりはしないのか
バーサンとペネロープじゃ大違いだけれど,それにしても女性に対するこのような眼差しは,私には到底真似出来ない。出来ないけれども,時として,束の間限りのフェミニストでありたいと望む自分を見出すことがあるのもまた確かである。折りに触れてブラッサンスを聴くたび,マイッタナと思う。例えばこの《ペネロープ》なんか30代の作品なんだから。まぁ,そんな所に元気づけられている次第でもあるのですが。