けれど誰しも,明るい明日は自分で切り開くのだ (セルジュ・ラマ)

1998年07月27日 | 歌っているのは?
 さらに鬱々とした日々は続く。5年先,10年先のことを考えるより,今日,明日をどのようにして有意義に過ごすか,そんなことに毎日腐心している。ところで,有意義って,何かね?(菅原文太調で)

 その疑問を解く鍵は多分,過去にある。そして私はセルジュ・ラマ Serge Lama唄うところの《赤い風船》という初期の佳作,その心象風景の一断面などをまるで萎んだ風船のように浮かぬアタマで思い出したりする。

 
  まだ ほんのガキだったころ
  俺は赤い風船なんか持ってなかった
  何ひとつ変化のない田舎町で
  俺の風船といえば 全部穴があいていた
 
  そのころの俺は いつも一人で海を眺めていた
  けれど 本当の安らぎなんてどこにもなかった
  俺の心がリズムをかなでるとき
  沢山のカモメたちが空を飛び回っていただけさ
 
  俺は何も要求せず 何も持っていなかった
  俺は何も与えず  何も受けとらなかった
 


 昨日の日曜日,神奈川県足柄上郡南足柄,箱根外輪山の山麓にある大雄山最乗寺という由緒ある禅寺に家族で出掛けた。一家ではもちろん,私個人にとっても初めての参詣である。鬱蒼とした巨大なスギ林に囲まれた七堂伽藍の参道を妻子といっしょにブラブラ歩きながら,歴史というものの重さに素直に圧倒された(もちろんコケオドシに違いあるまいが,それでも猶)。休日ゆえか人出はかなり多く,ジーサン・バーサンの団体やら,孫を抱えた三世代家族連れやら,あるいは若いカップルやらが,いずれもみんな素直に有り難そうに感心しながら,そうして多少は息をきらしながら,急な階段を三々五々ゾロゾロと上ってゆく。そう,ここにもやはり,たとい無意識的にであれ歴史に帰依したいと願う人々の群が存在しているのだ。

 ふと,小さなお堂の前に立って観音開きの扉の奥を覗きこむと,向こうから白髪混じりの草臥れた風采の男がこちらを見返してきた。ん? 何のことはない,自分の姿に驚いているだけであった。何とも切ない話だ。

 ふと思い出した。クロード・フランソワ Claude Francoisは確か絶頂期に38才で死んだはずだ。それも風呂場で感電死したんだっけ? しかり,何とも切ない話だ。一方,子供の頃いつもひとりぽっちでマルキ・ド・サドなどを耽読し,そのあげくに長椅子を好むようになったなんてのも,これまた何ともすこぶる切ない話だ。どんな思いで,ラマはそんな心象を唄に託したのだろうか。

 けれど誰しも,明るい明日は自分で切り開くんでしょ? Mais, j'ai fait ce que j'ai voulu!
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ゲージツを理解しないヒトビト | トップ | 夏休みの《ポケモン映画》 »
最新の画像もっと見る

歌っているのは?」カテゴリの最新記事