晩年の田辺元の宗教哲学の背後にある彼独自の哲学的信仰の消息を如実につたえてくれるものは彼が逝去した妻を詠んだ短歌であろう。(田辺元・野上弥生子往復書簡集より)
あけくれに妻を思ひて暮らす日も はやふたとせにならんとはする
三回忌などて営まん日々が 忌日ならぬなき我にあらずや
汝れと共に我も死にたり今もなほ 日毎に死にてよみがへり生く
汝れもわが心によみがへり共に生く 二人の命なほも続くか
わがためにいのちささげて死に行ける 妻はよみがへりわが内に生く
クリストに倣ひて死にしわが妻は 福音を証す復活の光
汝れ死にて二たとせのけふ我を活かす 福音のまことおほけなきかも
一九五三年九月 田辺元
この歌をきっかけとして亡妻の友人であった野上弥生子との交流も始まったわけであるが、田辺元とキリスト教との関わりをみるうえで見落とせないのは、「クリストに倣ひて死にしわが妻は 福音を証す復活の光」とか「汝れ死にて二たとせのけふ我を活かす 福音のまことおほけなきかも」のような歌であろう。
キリスト者であった妻によって「福音を証す復活の光」を自覚したという田辺は、どこまでも批判的理性の徹底をめざす一人の哲学者として既成のキリスト教教団に入会したわけではないが、一九五六年二月十二日の野上弥生子宛書簡には次のように
「復活のキリストと共に生きる」ことを妻から教えられた田辺自身の信仰が語られている。
「ここで敷衍致さねばなりませぬのは、<復活>という概念でございます。キリスト教徒でもない小生が、復活を口に致すのは
全く空語ににとどまりはしないかという御疑は必定と存じます。今日はキリスト教の内部においてさえ、神話排除の主張が起こっております。況んや、科学を尊重致す小生が、復活の如き神話的伝説を信じるなどとは、言語道断とも申せましょう。小生自身も今日までこの点を突破できなかったのでございます。しかし、妻の死はこれを可能にしました。
もはや復活は、客観的自然現象としてではなく、愛によって結ばれた人格の主体性に於いて現れる霊的体験すなわち実存的内容として証されます。
キリストの復活も、マグダラのマリアが復活せる主の肉体に手を触れるつもりでそれを禁止せられ、ただ二人の天使を見たばかりでその言いつけを聞いたに過ぎなかったと伝えられる如く、全くマリアにとっての霊的体験に外なりませぬ。
この主体的実存内容としては、それは疑いを容れない事実であります。
小生にとっても、死せる妻は復活して常に小生の内に生きて居ります。同様に、キリストを始め、多くの聖者人師は、小生の実存内容として復活し主体的に小生の存在原理となって居るのでございます。
その意味で、いわゆる「聖徒の交わり」に、小生も参し得るわけです。これは神話でもなく,譬喩でもなくして、厳然たる霊の秘密です。
これを神秘的と申すならば、「時」そのものが、「歴史」そのものが神秘的でなければなりませぬ。
かかる主体的統一においてある復活のキリストと共に生きることが、すなわちキリスト模倣ですから、それはコッピイでもなく理想観念でもありませぬ。
エックハルトやトマス・ア・ケンピスや、キェルケゴールにおけるキリスト模倣は、そういうものだと存じます。
妻の死を通して、小生もこれに眼を開かれました。」