歴程日誌 ー創造的無と統合的経験ー

Process Diary
Creative Nothingness & Integrative Experience

ナショナリズムと科学者の良心ーアインシュタインの「平和書簡」から

2020-10-10 | 哲学 Philosophy
 
アインシュタインは物理学に革命をもたらした人であったが、平和運動家でもあり、シオニストでもあった。『アインシュタイン平和書簡』は彼の思想と行動を知る上で貴重な資料である。彼は、第一次世界大戦では偏狭な愛国主義にもとずく戦争に反対し、人類主義の立場から徴兵忌避運動を支援した。しかし、ナチスドイツのユダヤ人迫害に直面し、第二次世界大戦では、反ナチスの戦争を支持した。彼は自分のことを「信念を持った平和主義者(überzeugter Pazifist)ではあるが、絶対的な平和主義者ではない」と篠原正瑛宛の書簡で言っている。彼はガンジーをもっとも尊敬していたが、その非暴力不服従運動は、ナチス・ドイツに対しては貫けないと考えたのであった。 ここにはユダヤ民族とその精神的伝統を存続させなければならないというシオニストの立場と彼の平和主義とのあいだの二律背反があった。そのためにアインシュタインは「絶対的」な平和主義、反戦主義者達から非難も受けたのである。アインシュタインは、迫害を受け亡命した多くのユダヤ人にとって希望の星であった。彼が後にイスラエルの大統領となるように要請された理由もそこにあった。しかし彼は、伝統的な意味でのユダヤ教徒ではなかった。ユダヤ人が選民であるとは考えないコスモポリタンであり、スピノーザに傾倒していた。最近、競売にかけられた彼の自筆の書簡は、擬人的な神を信じるよりは、宇宙の法則の根源としての神を信じる彼の宗教観がよく現れている。宇宙の必然性の洞察による自由を尊重するアインシュタインは、個人の良心の自由を何よりも重んじ、閉鎖的な全体主義の体制を最も嫌う人でもあった。ドイツ文化の精神的遺産を尊重していたが、ナチスが政権を握ってからの全体主義の体制が強要する「ドイツ国民の義務」を人間の普遍的な義務としては認めなかった。
「理に合わない残虐行為の申し立てに対してはドイツを擁護するのが君の義務である」というプロシャ学士院からの警告に対し、アインシュタインは、それは「私の生涯を賭けた正義と自由のあらゆる原則を拒否すること」であり、「道徳の崩壊と現存のあらゆる文化価値の破壊に手を貸すこと」になると反論している。
プロシャ学士院から除名される前に脱会し米国に亡命したアインシュタインは、プリンストンでは核物理学のような莫大な実験資金を要する研究にはタッチせず、物理学会の主流からは全く離れた立場から、量子力学の不完全性を主張し、統一場理論のような純粋な理論的・思弁的な探求のみに専念した。第二次大戦後、米国の核物理学者は国家機密、軍事機密にかかわるようになり、国家に対する影響力が増大すると共に思想の自由を奪われた。水爆開発に反対したオッペンハイマーは裁判にかけられ公職追放処分に遭った。かつてナチスドイツの国家主義に反対したアインシュタインは、非米活動委員会の思想統制にも抗議している。最晩年のアインシュタインは、レポーター紙上で
「再び若人となり、生計を立てる最良の方法を決定しなければならないなら、科学者や学者、それから教師になろうとはしない。ブリキ職人か行商人かになることを寧ろ選ぶ。現在の状況下でなほ可能な僅かな独立を保証するのが、私の希望である」
と述べた。原水爆開発を含めて当時の「科学者」のあり方に対する抜本的な批判をこめたアインシュタインのこの発言のあとに、ラッセル・アインシュタイン宣言における核兵器撤廃の訴えが続くことの意味を考えるべきだろう。
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