松山櫨(はぜ)復活奮闘日記

失われてしまった松山櫨の景観を復活させようと奮闘していく日々の記録。

Apple天神店に行ってきました

2007-07-16 14:10:30 | ニュース
昨日15日、愛機iMacが故障したので
Apple 天神直営店まで行ってきました。

おしゃれな外観は、Appleのコンセプト通りです。
店内のレイアウトもすっきりしていて
パソコンのお店じゃないみたい。

故障したパソコンの修理もしているはずなのですが
フタを開けたパソコンのむき出しの内部とか
ボードやメモリが散らかっているわけはなく
ここ、ほんとに修理しているのかな?と思うほど。

カウンターで修理の内容などを相談する時も、
ここはどこの喫茶店?って感じ。
ま、コーヒーは出てきませんでしたけどね。

店員さんは、みんな20代~30代くらいの若い男性で
髪を7・3分けにした人はいませんし、
ネクタイをしめている人もいません。
お揃いのTシャツ来てるし。
(でもアゴヒゲや野球帽はOKのようです。)

みんな男特有の汗臭い感じがなくて
胸板が薄そうで、カジュアルで、
iPodの広告に出てきそうな人ばかりです。
容姿や雰囲気で選んでいるとしか思えないなぁ。

Appleはデザインを重視するし、
お店のデザインも店員のデザインも
全てトータルでAppleってことなのでしょう。

結局保証も切れていたので
この際だから思い切って新品に買い換えることになりました。
あ~。また貧乏になっちゃうよ。


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櫨色(はじいろ)観察 まとめ

2007-07-15 19:45:51 | 櫨染(はじぞめ)プロジェクト
櫨が天皇陛下のみ身につけられる禁色の材料として
今でも用いられているというのを知って、私は非常に驚きました。
特に黄櫨染に太陽の色が隠れているという不思議さに至っては
しばらく感動でモノも言えませんでした。

以前ご紹介した高橋善蔵著「窮民夜光の珠」の一説を
思い出したので再掲します。

「夜光珠というのは唐土の珍宝であったが、
人に知られないで久しい間埋もれていた。
それを卞和(べんか)という楚国の賢人が
山中で発見して掌中で磨きに磨き、
ついに雲上にまで輝くような光を発して
楚国の宝となった。
今やわが国の櫨もその功能を知る人がなく、
薪にされる始末である。
そこで櫨栽培を研究して、
その要領をここにまとめて夜光珠と題するのである」
(山田龍雄 現代語訳 日本農書全集より)

黄櫨染は、一見渋い色なのですが、
隠れた光を持つというのが、まさに夜光珠を思わせます。
櫨には底知れない能力があるという一種の証じゃないでしょうか。

今回、たまたま色彩や染色の事を知り
日本文化のすばらしさにも改めて感銘しました。
これからもっともっと櫨の可能性を探っていこうと思います。

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櫨色(はじいろ)観察 その4

2007-07-14 22:09:39 | 櫨染(はじぞめ)プロジェクト
今日はいよいよ黄櫨染の話です。
「黄櫨染」

櫨の若芽の煎汁で下染めした後、上から蘇芳を重ね染めしてできる黄褐色です。

「延喜式」巻十四(縫殿寮)にこう書かれています。

黄櫨綾(こうろのあや)一疋(ひき)。
櫨十四斤。蘇芳(すおう)十一斤。酢二升。灰三斛。薪八荷。

蘇芳は南アジア原産のマメ科の植物です。つまり舶来モノ。

紫式部日記の中から引用すると
「色ゆるされたる人々は、
例の青いろ赤いろの唐衣に、地摺の裳、
表着は、おしわたして蘇芳の織物なり。」

高貴な人たちのみ許された色。
憧れと羨ましさの象徴でもありますね。

ところで、なぜこの黄櫨染が天皇の袍色なのでしょうか。
素材の蘇芳が高価だったからでしょうか。
しかし高価だったのは皇太子の黄丹も同じです。
また、黄櫨染は太陽の光を象ったものだと言われてきましたが、
渋い黄褐色がなぜ太陽なのか?
かなり首をかしげてしまいます。

すると、そんな疑問に答えてくれるサイトがありました!

なんと黄櫨染は光によってその色が変わるというのです!
しかも驚いたことに、光を通すと、
その部分だけ赤に変わるという摩訶不思議。

黄櫨染を再現した奥田祐斎氏は
「天皇がお召しになっていた着物が、
ろうそくをともすと真っ赤に変わるのを見て、
当時の人々は、沈んだ太陽がふたたび呼び戻された、
と思ったのでしょう」とコメントしています。

確かに、太陽を象るのに、単純な赤とか黄色じゃなく、
複雑な混色と高い染色技術によって生まれ、
光によって現れる色というところが
まさしく天皇にふさわしい色と思われたのかもしれません。

この黄櫨染、あまりに染め方が微妙だそうで、
歴代天皇の御衣でも同じ色に見えるものはほとんどないそうです。
(色見本はあくまで大体の色だと思ってください。)

前回でも述べたように、黄櫨染の制定は
黄丹が東宮(皇太子)の色だと制定されてから
100年近く経っています。
その一見ゆったりとした時間の中で、
染色職人たちによる、たゆむことのない研究と努力が
世界でも類を見ない「太陽が現れる色」の発明に
繋がっているのではないでしょうか。

天皇の黄櫨染と東宮の黄丹はともに禁色とされ、
今に受け継がれています。

(参考資料・福田邦夫著「すぐわかる日本の伝統色」)

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櫨色(はじいろ)観察 その3

2007-07-13 10:54:01 | 櫨染(はじぞめ)プロジェクト
今日は黄櫨染の紹介の前に、少し歴史のおさらいです。

日本において、色は地位と身分を表す重要な役目を持っていました。
推古天皇11年(603)聖徳太子によって
冠位十二階の官職・位階の色が制定されます。

万物は木・火・土・金・水の5つの元素からなるという
古代中国の自然哲学・五行思想が元になっており
五行の五色(青・赤・黄・白・黒)に加え、一番上に紫を置きました。
6色それぞれに濃・薄の二段階つけることで12色できます。
これで冠位十二階の色というわけですね。

これら位階を表す色を位色(いしき)といい、これらの位色を抜きにしては
古代の色彩を語ることはできないと言われています。

天武天皇14年(686)、位階は48に拡大し、朝服の色も規定されました。
ここで面白いのは、臣下の最高位が深紫になり
皇族の服色は朱華(はねず)と規定されたことです。

ちなみに朱華R250G199B193はこんな色

この朱華はのちの皇太子の色「黄丹(おうに)」へとつながっていくようです。

さて、養老二年(718)、衣服令に皇太子礼服として「黄丹衣」の記載がされ、
以来、代々の皇太子の色となりました。
平成三年「立太子の礼」では、現皇太子の着用されていたのが
まさしくこの黄丹の袍(ほう・上着の意味)です。
黄丹は支子(くちなし)の実からとる黄色染料と紅花の赤の交染による
黄赤色です。紅花染は非常に高価な染料だったため、禁色になったのは
一種の経済政策だとも言われています。

黄丹R238G121B72はこんな色


ところで、皇太子の黄丹の色は決まりましたが、
それから100年位、天皇の袍色は不明になっています。
(主な説では白だと考えられています。)
私の個人的な推測ですけど、その100年の間、
天皇にふさわしい色を探してたんじゃないかという気がします。

嵯峨天皇の弘仁11年(820)、天皇の晴の袍色として黄櫨染が制定されます。
黄櫨染こそ、まさに天皇にふさわしい色でした。
どういうところがふさわしかったのか?

続きは明日お伝えしますね。

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櫨色(はじいろ)観察 その2

2007-07-12 21:21:23 | 櫨染(はじぞめ)プロジェクト
昨日の続きで、もうちょっと詳しく櫨の色について見てみたいと思います。
「櫨色」

これはハゼノキの樹皮で染めた色だそうです。櫨の最も素朴な色だと思います。

「櫨染」

こちらは櫨の黄色い心材の煎汁と灰汁で染めた深い暖味の黄色とのことです。
味わいのある黄色ですね。

「赤白橡(あかしろつるばみ)」R215G169B140

これは昨日の時点では気づいていなかったのですが、櫨を使う色です。
櫨(はぜ)の木の煮汁で黄色く下染した後、
うすく茜の赤を上掛けして染める色です。

ちなみに橡はクヌギの古名です。
しかし、名前は橡なのに橡を全く使わないところが
不思議というか頭を悩ませるところですね。
おかげで最初はわかりませんでした。
この色は、上皇が着用する色として禁色とされていました。

上記三色とも、趣のある素敵な色ですね。

今日はもうちょっと長く書く予定でしたけど
実は私の愛用のMacG5が壊れてしまいました。がーん。
今はMacbookで代用してますけど、気分的にかなりブルーです。あーあ。

明日は黄櫨染について詳しくご紹介したいと思います。

(参考・福田邦夫著「すぐわかる日本の伝統色」)

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櫨色(はじいろ)観察 その1

2007-07-11 22:14:45 | 櫨染(はじぞめ)プロジェクト
櫨の歴史は、櫨が伝来されたとする
1500~1680年くらいから始まるものだと思っていました。
しかし大間違い。
実は、日本には古来から櫨が生息していたのです。

そこで「櫨」が登場するものを遡って調べていると
平安時代に使われた色「櫨色(はじいろ)」という名前に
行き当たりました。
天皇陛下のみ使える禁色として「黄櫨染」という色も存在します。

そこで実際に「櫨色」や「黄櫨染」がどんな色なのか
和色大辞典による和色の色見本をもとに
自分でも画像を作ってみました。

まず「櫨色」はR183 G123 B87


お次の「櫨染」はR217G166B46


そして極めつけ!「黄櫨染」はR214G106B53


ああ、素晴らしいですね。
これらの色見本は「日本の伝統色」として紹介されています。
その色見本を見ると、日本の色のバリエーションの多さには驚きますね。

※注意・デジタルRGBに色配分した時点で実際の色とは違いますし、
時代によって若干変わってきているので
この色見本は絶対正しいわけじゃありません。
イメージとしてできるだけ近い色ということで選ばれているので
ご了承ください。

さて、どのような色かがわかってきたので
明日から、もうちょっと櫨色のことを
詳しく調べてみたいと思います。

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火、神聖なもの

2007-07-10 22:49:29 | 復活奮闘日記
毎日雨です。
櫨ろうそくについて調べているうちに、
もっとその前の「火」について
改めて考えてみることにしました。

人類の歴史の中で、一番大きく人間を進歩させたのが
火の発明だと言われています。
よく創世記の映画やドラマで、
落雷や山火事の時に、原人が火を見つけるシーンがありますね。

火を使用することによって、
照明や暖を取ったり、食べ物に火を通したりと、
人間は、火から多大な利益を得るばかりでなく、
宗教的に大きな意味を込めるようになります。

古くは拝火教(ゾロアスター教)という火を崇める宗教から、
キリスト教や仏教まで、多くの宗教行事の演出で
火は重要な役目を持っています。
松明を使って神聖な火を運ぶ神事や火祭りは、
世界各国にあり、人間の生死や自由の象徴でもあります。

Wikiから引用しますと---------
たいまつ(トーチ)は、「闇を照らす」「世を照らす」ことを象徴する一般的なエンブレムである。たとえば右手にたいまつを持つ自由の女神像の正式名称は「世界を照らす自由(Liberty Enlightening the World)」である。下向きにして交差させたたいまつは古代ギリシアや古代ローマによく見られる喪のしるしであった。下を向いたたいまつは死を象徴し、一方、上を向いたたいまつは再生する炎の力を表し生の象徴であった。
-----------------------

火は文明の最大の利器である反面、
火災の原因にもなります。
現在では私たちが火を直接使う機会は少なくなり、
より安全に生活ができるようになりました。
電気を使えば調理もできますから、
全く火を使わないで生活することもできます。

とはいえ、信仰や神聖な行事までも、
火は電気にとって変わられるでしょうか。

例えば、オリンピックの聖火が電気の炎もどきだったり
五山の送り火がみんな電気だったり
カトリック教会の聖体拝領の儀式やミサが
すべて電灯になるってのは、ありうるでしょうか。
いくら安全だからといっても、どうも考えにくいですね。
なんていうか、電気の光は、あまりに身近すぎて
原始の神聖さを感じないというか…。

ということは、将来を考えると、
燃料としての「火」や、
明かりとしての「火」の用途はなくなっても、
思考文化の中で、信仰や行事の中の
聖なるものの象徴としてのみ、
「火」の存在の意味があるのではないかと思うわけです。

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バイオディーゼル

2007-07-09 21:32:47 | ニュース
最近は雨続きで写真を撮りにいけません。
となると自然にTVへ…。
NHKBS1の地球特派員「アメリカ・動き出した温暖化対策」
を観ました。
京都議定書を離脱したブッシュ政権が、
NASAの科学者たちによる温暖化に対する発言を
封じ込めていたことなど、
まるで映画みたいに衝撃的なレポートでしたが、
面白かったのは、廃油で動くディーゼル車の話でした。

カリフォルニアの市民の間では、ガソリンの高騰によって
廃油で動くディーゼル車への改造に人気が高まっているそうです。
実際に使っている人に密着してみると
日本料理店から出されるてんぷら油を回収し、フィルターで漉した後、
小さな機械を装着した車の燃料にしていました。
燃料費はタダ。(フィルター代くらいかな)
日本料理店は以前は有料で業者にひきとってもらっていたので
無料回収してくれるのは大助かりとのことでした。
フライドチキンの廃油より、てんぷら油の方が
燃費が良いというのも興味深い話ですね。

シュワルツェネッガー知事も自分の車を
同じように改造しており、アメリカの州の中では、
環境対策に一番進んだ政策を行っているようでした。

てんぷら油で動くディーゼル車。これはスゴイです。
環境面で進んでいると思われていた日本は
意外に遅れているんじゃないかとレポーターは言っていました。
この番組、16日に再放送があります。番組HPはココです。

日本ではそうしたバイオディーゼル車はないんでしょうか。
探したら…、ありました!

ここのHPです。
滋賀県豊郷町にある「油藤商事」。
最初は空き缶の回収から始まって、
バイオディーゼル燃料の精製・販売まで手がける
日本で唯一のガソリンスタンドです。
普通の田舎町のGSが、なんと一気に
日本中から注目の的になっているのでした。

当初、空き缶や牛乳パックを回収しているときは、
灯油の配達のついでにゴミを引き取ることで、
環境問題に貢献するというささやかな活動でした。
しかしその発想から、廃食油を引き取っているうちに、
リサイクルへ関心が高まり、
廃食油を石鹸に再生するようになります。
そしてついに、バイオディーゼルの精製機械を購入し
販売・出荷へとこぎつけることになりました。

その後、ヤマト運輸や松下電器産業との
コラボレーションも始まり、ヤマト運輸の配送車に
バイオディーゼル車が使われるようになってきたそうです。
まさにエコ・ビジネスの成功例ですね。

この油藤商事の社長が「灯油の配達」=「空き缶の回収」を
している時は、たぶん他の同業者は
冷ややかだったんじゃないでしょうか。
他人が喜ぶ事をすることで、自分をも生かす。
こうした生き方を見ると、非常に勉強になります。

アメリカ人がてんぷら油を回収しているのを見て、
私はすごいアイディアだと思ったんですけど
自分で油を回収して漉して車に入れる一連の作業が
どうも危なっかしく、
一般的な日本人向きではないなぁと思いました。
油藤商事のように、きちんと精製されたディーゼルを
入れてくれるガソリンスタンドができれば
安心して使うことができます。

こうした進んだ取り組みは、数年後には広まり
身近になってくるような気がします。
ガソリンで動く車が、時代遅れになる日が
近いかもしれませんね。

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「捕鯨論争!大国と戦った男たち」を見て

2007-07-08 22:20:15 | ニュース
録画していたBS-iの表題ドキュメンタリーを見ました。
2002年に下関で開催されたIWC年次総会の様子を
じっくりと追っていて、非常に興味深い内容でした。

ご存じのように、捕鯨に関しては環境保護団体による
反捕鯨キャンペーンが激しく、
日本を真っ向から鯨を殺す悪魔みたいに攻撃し続けています。

この番組の中で衝撃的だったのは、
1982年、カリブ海の小国アンティグア・バーブーダの証言。
当時、その国が商業捕鯨の全面禁止に賛成したのは、
アメリカの環境保護団体が
我が国の代表を務めていたからだ、というものです。
カリブ海の小国の代表を環境保護団体が務めるほど、
環境保護団体が力を持っているとは、改めて驚きました。
カリブ海の小国はいずれも観光産業が大きなウェイトを占めています。
お客さんは欧米の反捕鯨国ですから、
反捕鯨に従わなければ、
観光産業にダメージを与えるぞと
暗に脅しもかけていました。

日本がODAでカリブ海小国の捕鯨賛成の票を買っていると主張する
環境保護団体は、一方でそれらの国を脅しているわけです。
ドミニカを始めカリブ海小国らは、
「我らを日本に対する売春婦扱いするな!
我々は独立した国家なんだ。
ODAには感謝こそすれ、独自の意見を持っている。」と反旗を翻します。
捕鯨を再開することはできなかったものの、
反捕鯨にやられっぱなしだった捕鯨派達の団結によって、
ようやく平行線に立つことが出来た…という内容でした。

今までアメリカは環境保護団体と
立場を同じくするものだとばかり思っていましたが、
どうも違うこともこのドキュメンタリーでわかりました。
アメリカ・カナダのイヌイットらによる捕鯨は
国内法で許可されているにもかかわらず、
数十年ぶりで一頭だけ鯨を捕ったら
環境保護団体から訴訟を起こされたそうです。
その訴訟が終わるまで鯨を捕ることができないと嘆いていました。
以前は確かに環境保護団体とアメリカ政府は一括りであったようですが、
今では環境保護団体が暴走している状態のようです。

あれから5年。アンカレジで開かれたIWC年次総会で、
やっぱり捕鯨再開には至りませんでした。

2007年6月4日の日刊みなと新聞によると、
-----------
米国アラスカ州アンカレジで閉幕した国際捕鯨委員会(IWC)年次会合で日本代表団は、「IWCへの対応を抜本的に見直す考えがある」と表明し、IWC脱退、新機関の設立、沿岸捕鯨の独自再開?など、国内の要請に基づいた強い姿勢で対応する方針を明らかにした。
-------------
反捕鯨国との溝は埋まりそうにないですね。
利権があまりにも絡まっていますから、
いくら日本がギリギリまで歩み寄っても、そもそも耳を傾けてないし。
IWC脱退・新機関設立も一つの道だと思います。

それにしても、このドキュメンタリー、
地上波で放送してくれないかなぁ。
いろんな事実が目からウロコですし、
5年たってもこの問題は古びていません。

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本物とニセモノ

2007-07-07 22:37:32 | ニュース
画像はフジテレビの新報道プレミアAで報道された
日本のお菓子製品「きのこの山」をパクった
韓国の「チョコきのこ」です。

韓国のパクリは今に始まったわけではなく、
それ自体に驚くことはありませんでしたが
私が注目したのは中身の画像です。


日本の「きのこの山」は、きちんとチョコが傘の形に
収まっているのに対し、
韓国の「チョコきのこ」は、曲がってます。
パッケージと全然違います。
私は今まで「きのこの山」をまじまじと見た事はなく
何の気なしに食べてましたが、
こうしてじっくり比較画像を見てみると、
いかに「きのこの山」が美しい形をしていたかに驚かされました。

なぜ「きのこの山」はきちんとチョコ傘が
バランス良くビスケット茎に収まっているのか?
多少曲がっているからといって、
味に変わりないはずなのに、
「きのこの山」の全ての個体は、
律儀にきちんと傘を収めているのです。
なぜここまで律儀にやってるのでしょう?

もちろんその答えは、
明治製菓はパッケージ通りに
きちんと作らなければならないと考えており、
パクリの韓国の方は、
そんな事どうでもいいと考えているというだけのことです。
それこそ本物とニセモノの違いではないでしょうか。
見れば見るほど日本の「きのこの山」には
明治製菓の愛情が込められているのだと気づかされます。

韓国の「チョコきのこ」を、
韓国人の口に合うように味を変更したり、
(例えばビスケット部分にトウガラシをまぶすとか?)
さらに形や色とか独創的に変えて売ることだってできたはずです。
実際、日本ではそうした類似品は数多くありますし、
本家を凌ぐ製品が育つこともあります。

傘の形のまがった「チョコきのこ」をみてると
そうした努力を一切せずに、「売れればいい。」といった
荒んだ気持ちしか見えてきません。
お菓子ばかりではありません。
韓国には、いろんなパクリ製品で満ちあふれています。
そんな荒んだものばかりの韓国から、
質の高いものが生み出されるのは至難の業でしょう。
だって劣化コピーした方が早くて儲かるのに
誰がわざわざ時間をかけて本物の製品を作る気になる?

私たちは普段何気なく身近な製品に触れていますが
こうした質の高いものを享受できる日本にいることを
心から感謝しなければならないと思います。

パクリについて詳しいサイトはココです。

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ダイバーシティ

2007-07-06 23:16:51 | 復活奮闘日記
今日は大雨の中、講演を聞きに福岡市の天神に行ってきました。
その中で「ダイバーシティ」という言葉が
多く使われていました。
…。

ダイバーシティって何?

結局よくわからないままに帰ってきて調べてみると
こちらに書いてありました。

引用すると----------
ダイバーシティという言葉を使う時、そこで意図しているのは、「外見上の違いや内面的な違いにかかわりなく、すべての人が各自の持てる力をフルに発揮して組織に貢献できるような環境をつくる」ことです。言い換えれば、「世の中にはさまざまな人がいます。人種、性別、年齢、身体障害の有無などの外的な違いだけでなく、価値観、宗教、生き方、考え方、性格、態度、などの内面も皆違います。『こうあるべし』と画一的な型にはまることを強要するのでなく、各自の個性を活かし能力を発揮できるような組織をつくる。それは、個人にとってプラスであるだけでなく、組織自体にとっても大きなプラスである。」という考え方です。

-------引用終わり

というわけで、多様性の受容という意味のようです。
もともとアメリカからきた考え方で、
最初は黒人と女性という弱者救済のためのプログラムだったのが
メキシコ系やアジア系、同性愛者、高齢者、障害者など
より広い「マイノリティ」を包括するようになったそうです。

これは結構おもしろい話でした。
日本も多様的な社会になっています。
昔は世代共通のアイドルとか歌、ドラマ、アニメがありましたが
今では、もっと細かくたくさんの興味が別れていて、
みなが同じTV番組を見なくてはいけない
というような風潮ではなくなっています。

それぞれの個性が認知され受け入れられるような社会。
人とちょっと違うだけで差別されることのないような社会。
そういう社会になってきたってことは
櫨の個性も少しは認められるようになるかもしれません。
そう思うと、あながち悲観的にならなくても
いいんじゃないかと思ったりします。

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役立たずだと思われたものを保存した人

2007-07-05 23:43:43 | 復活奮闘日記
櫨は現代では何の役にも立たない。
そう断言された私ですが、その事について
ある方を思い出しました。
昨年の2月に亡くなられた香月徳男さんという方です。

香月さんは昭和36年から、
郵便局の仕事の合間に筑後一円の民家を周り、
うきは市の山奥で「平川家」の家を発見します。

発見当時、平川家では折しも改築の話が持ち上がっており
香月さんは
「貴重な国の民俗資料をみすみす壊すのは国の損だ。
なんとか考え直して欲しい。」と
再三にわたる説得に向かいます。
この時の香月さんの実測調査と研究資料が
文化庁に認められ、46年に
福岡県下第一号の国の重要文化財指定民家になりました。

香月さんは、朝倉市で最も観光地として名高い
三連水車の保存にも力を尽くしました。
43年に水車の実測調査をやった後、
水車廃止の声が出ると、
自費で8mm映画「水車は生きている」を作り
啓蒙運動を起こし、全国から大学教授や学者を集めて
現地で水車シンポジウムを開きました。
現在、カタコトと動く三連水車はライトアップされ、
観光客がたくさんやってきます。

また49年に、道路拡張の邪魔だからと
久留米市山本町の櫨並木を伐採してくれと
地区の住民が署名運動を始め、
県に陳情を出した事件もありました。
その時も、香月さんは櫨の保存を訴え
話し合いや現地調査を行い、
後に伐採計画が取りやめになりました。
現在、山本町の櫨並木は毎年20万人の観光客で賑わっています。

平川家住宅も、三連水車も、櫨並木も
昭和40年代当時、全くムダと思われていました。
過去の遺物だから、なくなってしまってもいいと。
平成19年現在、上記のものを
全くムダと言う人はいません。
地元の貴重な遺産だと認められています。

櫨が役に立つかどうか。
ある人には「未来」の中に見えるかもしれないし
他の人には見えないかも知れません。
そんなこと、誰にわかるでしょう?

私は残念ながら香月さんとお会いしたことはありませんが
三連水車や櫨並木を見る度に
香月さんの成し遂げた功績を思い出し、力づけられています。

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櫨は消えゆくべき?

2007-07-04 22:48:47 | 復活奮闘日記
最近、年商何億も儲けているビジネスマンAさんと
お話をする機会がありました。
めったにない事なので、
ありがたく拝聴することにしました。

その方が言うには、
私のやっている「松山櫨の復活」なんて
全く意味のない事だと断言されてしまいました。
おまけに櫨蝋(はぜろう)なんて、
絶滅しかかっているトキのようなもの。
江戸時代で終わった過去の遺物だそうです。

人はみな便利さを求め、
できるだけ長生きしたいと思っている。
身体にいいもので、役に立つもの、
毎日必要なものこそ商売として成り立つんであって
伝統工芸なんて何の役に立つ?
櫨はかぶれるし、櫨ろうそくは火をつけるから危ない。
全く現代にそぐわない商品だ。

とまあ、一刀両断されてしまったわけです。
伝統工芸は文化として残していくべきではないのか?
トキだって櫨だって、大切に残すべきではないのか?
そう反論すると、一言。

「無駄。」

…これが第一線で活躍するビジネスマンの意見なんですね。
私は、やっていることを全否定されてしまい、
悲しくなって、
お昼ごはんが入らなくなってしまいました。

…晩ごはんは食べましたけどね。

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ショック!枯れてきた。

2007-07-03 23:02:10 | 復活奮闘日記
なんと私が育てている櫨の台木苗が
枯れてきてしまいました。
実はもう数本目です。
里子に出している台木苗は元気なのに、
どうしてうちのは萎れていくのか?

かなりショックです。
植物を育てるのが上手い人を
「緑の指を持っている」と言いますが
私の場合、赤い指でも
持っているんじゃないかと思います。



周囲に相談すると、
「朝とか昼間の日が照っている時に
水をやっちゃだめだよ。根腐れするんだって。
夕方やらなくちゃ。」
と言われました。

…………。
朝とか昼間の日差しが強い時に
櫨の苗も暑いだろうと思って、
気を利かせたつもりで
せっせと水やりしていたのでした。
どうもそれが原因のようです。

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雨が降る降る

2007-07-02 21:46:20 | 復活奮闘日記
今日は朝からすごいカミナリと豪雨です。
時々、ダムの放水のサイレンも聞こえてくるし。

昼間、雨が少し小降りになった時、
巨瀬川の近くを通ったので
橋の上から撮影してみました。
ごらんの通り、水位も普段の二倍くらい
上がっています。



巨瀬川は地元田主丸では
河童の住む川として有名です。
川沿いに河童神社もあります。

普段は子供が水遊びできる位の深さなんですが
こんな雨の日は、河童が手ぐすねひいて
川に引きずり込むのを待っているような感じですね。

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