エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

秋夕焼

2016年10月16日 | ポエム
昨日は珍しくも、終日青天であった。
空高く、棲んだ大気の中で・・・。
ぼくは彷徨った。

朔太郎が「汝漂泊者」と笑っている。
詩集「氷島」に漂泊者の歌として載っている。
最後のセンテンスを紹介しよう。

  ああ汝 寂蓼の人
  悲しき落日の坂を登りて
  意志なき断崖を漂泊ひ行けど
  いづこに家郷はあらざるべし。
  汝の家郷は有らざるべし!

ぼくの、尊敬してやまない詩人の一人である。
もう一人の尊敬する詩人は、西脇順三郎である。

秋天なのだから、当然大気はある種の冷えを持っている。
放射冷却による、心地良い冷えである。



こんな日は「夕焼日和」なのだけれど、憾みは残る。
雲が無い分、夕焼けを映すものが不在と云う事なのである。
きっと見事な赤さなのだろうけれど、それが心の沁みてくるかどうかは保証の限りではないのだ。







「秋夕焼思案の外にありにけり」







けれども、充分に楽しめる夕焼であった。
秋夕焼、である。

ぼくは午後から出かけ、夕焼までカフェで時間を潰した。
少しお高い「ブラジル・サントス」を頂きながら、女流俳句の流れを学んでいた。
ぼくが草鞋を脱いだ結社の師系葉女性俳人である。

殿村兎絲子、その人である。
明治41年に生を得て、水原秋桜子に師事した。
「鮎落ちて美しき世は終りけり」
「神の前罌粟一つ散り一つ燃ゆ」
「枯るるなら一糸纏はぬ曼珠沙華」
といった句が、ぼくの好きな句である。

この兎絲子の、後継としての結社は「繪硝子」。
和田順子主宰である。
結社名になった、殿村兎絲子の所以の句は・・・。
「オルガンに繪硝子の夏日灯と紛う」
である。



秋夕焼のように揺らぐ事無く、俳句を学んで行きたいものである。
なかなかに難しい。
変に色のついてしまった野人の俳句、である。

汚れちまった悲しみに・・・と歌った詩人がいた。
中原中也である。
「山羊の歌」にある詩の一部である。


  汚れちちまった悲しみに
  いたいたしくも怖気おじけづき
  汚れっちまった悲しみに
  なすところもなく日は暮れる……

その心境に近い。

けれど年齢から云って、あと十年とは俳句を詠むことがないだろう。
その残る時間、俳句と真摯に対峙していきたいのである。
自分の俳句の為の時間を、大切にしていきたいのだ。

結社は、その縁(よすが)である。
良き句友に巡り会わん事を、希求するものである。



    荒 野人