自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆「どぶろく」携え「あえのこと」へ

2018年12月06日 | ⇒キャンパス見聞

  「どぶろく」という酒を初めて飲んだのは2011年10月のことだ。世界遺産の合掌集落で知られる岐阜県白川郷の鳩谷八幡神社のどぶろく祭りに参加し、神社の酒蔵で造られるどぶろくをお神酒としていただいた。蒸した酒米に麹(こうじ)、水を混ぜ、熟成するのを待つ。ろ過はしないため白く濁り、「濁り酒」とも呼ばれる。どぶろくは簡単に造ることはできるが、1899年(明治32年)、自家での醸造酒の製造を禁止した酒税法により一般家庭では法律上造れない。

  白川から6年後、どぶろくを能登で堪能することができた。中能登町の天日陰比咩(あめひかげひめ)神社は毎年12月5日の新嘗祭で同社が造ったどぶろくをお供えし、お下がりを氏子らに振る舞っている。地域の伝統的な神事が広がり、昨年(2017)12月に初めて同社でどぶろく祭が開催された。関西や関東方面からも「どぶろくマニア」が訪れていた。国の「どぶろく特区」の認定を受けた中能登町にどぶろくを造りたいというIターン者が移住してくるようになり、中能登町はどぶろくで盛り上がりを見せている。

  天日陰比咩神社で新嘗祭が行われる12月5日は、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている、奥能登の農耕儀礼「あえのこと」が執り行われる日でもある。この日、輪島市など奥能登2市2町で伝統儀礼を引き継ぐ稲作農家の家々では、田の神をお迎えしてご馳走でもてなす日である。神事の新嘗祭は、その年の新米を神に捧げて収穫に感謝し、併せて翌年の豊穣も祈る祭儀。つまり、あえのことは家々で執り行う「農家版新嘗祭」と言ってよい。

   あえのことでは、田の神は目が不自由であると伝承されていて、それぞれの農家は座敷に案内する際に介添えをしたり、供えた料理を一つ一つ口頭で説明する。「もてなし」をする家の主(あるじ)は、自らが目を不自由だと想定し、どうすれば田の神に満足していただけるもてなしができるかと想像を膨らませながら、一人芝居を演じる。

   新聞記者時代に何度かあえのことを取材した。輪島市のある農家の高齢の主のつぶやきを記憶している。「もっとおいしい甘酒を差し上げたいのだが」と。「もっとおいしい甘酒とは何ですか」と主に問うと、今は田の神が大好きとされる「甘酒」を捧げているが、明治ごろまでは各家で造っていたどぶろくを供していたと先祖から聞いたことがある、というのだ。田の神の好物は甘酒ではなくどぶろく、だと。明治の酒税法により家庭での醸造酒造りは禁止、どぶろくの代替えが甘酒になった。時代の流れを容易に察する。「それなら、田の神に本来の好物、どぶろくを捧げよう」と思い立った。

    留学生や学生を連れての「あえのこと」スタディ・ツアー(12月4、5日)に2016年から実施している。3回目となる今回、初日の4日に天日陰比咩神社をコースに組み入れた。ここで禰宜に事情を説明し、新嘗祭用のどぶろく2本を田の神に奉納することを約束にいただいた。この趣旨をよく理解してくれたドイツからの留学生がお神酒どぶろくを禰宜から受け取った=写真=。「どぶろくが119年ぶりに飲める。待っとるぞ」。そんな田の神の声を想像しながら、奥能登へと向かった。

⇒6日(水)朝・金沢の天気   はれ

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