自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆「秘匿決定」裁判

2020年01月07日 | ⇒メディア時評
   2016年7月26日、実に痛ましい事件が起きた。神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で、元職員の当時26歳の男が入所者を刃物で次々と刺し、入所者19人が死亡、職員2人を含む26人が重軽傷を負った。元職員のこの言葉が事件の異常性を印象付けた。「意思疎通ができない人を刺した」 「障害者はいなくなればいい」。亡くなった入所者はダウン症や重度知的障害など自立生活は難しい人たちだった。

   事件から3年半、あす8日から横浜地裁で裁判員裁判が始まる。報道によると、争点は被告は犯行当時、刑事責任を問える精神状態だったかどうかが問われている。検察側は精神鑑定の結果を踏まえて、被告に責任能力はあったとしているが、被告側は大麻を使用しており精神障害の影響で刑事責任を問えないと主張するようだ。
 
   裁判で不可解に思う点が一つある。命を奪われた19人は実名を公表されず、いまも匿名のままということだ。警察は「家族の意向」として、発生当時から19人の名前を発表していない。さらに、「秘匿決定」の裁判となる。本来、裁判では実名が原則だが、被害者が特定される情報について裁判所が判断して明らかにしないと決めるケースがある。これが「秘匿決定」だ。このため、裁判では19人の死者は「甲」とアルファベットの組み合わせ、負傷者は「乙」「丙」とアルファベットの組み合わせで、「甲A」さん、「乙B」さんと呼ばれることになる。

   去年7月18日に発生したアニメ制作会社「京都アニメーション」への放火で、社員70人のうち36人が死亡した。京都府警は8月2日に10人の実名による身元を公表し、同月27日に25人、その後10月11日にさらに1人の身元を公表した。警察側の判断では、葬儀の終了が公表の目安だった。犠牲になった遺族のうち21人は実名公表拒否していた。その拒否の主な理由は「メディアの取材で暮らしが脅かされるから」だった。警察側の身元の公表を受けて、メディア各社は実名を報道した。

   メディアは、実名報道は国民の知る権利だとして警察に被害者の氏名の公表を迫る場合もあるが、今回は裁判所も「秘匿決定」としており、実名報道には沈黙を守っている。匿名には、確かに家族の意向もあるだろう。ただ、あすからの裁判で被害者が「甲A」さん、「乙B」さんと呼ばれて、被告はどう思うか。「だから意思疎通ができないヤツは名前も呼ばれない」 「だから障害者はいないも同然なんだ」「実名で呼ばれているのはオレだけだ」と。法廷で高笑いするのだろうか。

⇒7日(火)夜・金沢の天気      くもり

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