日本酒や焼酎など日本の歴史と伝統的に育まれた酒造りについて、文化庁の申請を受けたユネスコの評価機関が無形文化遺産に登録することがふさわしいとする勧告をまとめ発表した(今月5日付・メディア各社の報道)。12月2日からパラグアイで開かれる政府間委員会で登録が正式に決まる。このニュースを読んで、思い浮かべたのが酒造りに励む能登杜氏、農口尚彦氏の姿だった。御年91歳で現役の杜氏だ。ユネスコ無形文化遺産の登録と農口氏の姿を連想したのは、ひょっとして農口氏の酒がユネスコ無形文化遺産の登録に貢献しているのではないかと頭にひらめいたからだ。
農口杜氏の酒造りは日本酒ファンからは「酒造りの神様」、地元石川では「能登杜氏の四天王」と尊敬される。「山廃(やまはい)仕込み」を復活させた「現代の名工」でもある。その神業はNHK番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』(2010年3月)で紹介された。能登半島の北側の能登町生まれ。16歳から酒蔵に入った。農口氏自身はまったくの下戸(げこ)で酒が飲めない。その分、飲む人の話をよく聴く。日本酒通だけでなく、学生や女性、そして海外から訪れた人からの客観的な評価に率直に耳を傾ける。それをまとめたノートは膨大な数に上る。まるで研究者のような姿勢で酒造りと向き合う姿に、オーナー(共同出資者)は酒蔵を「農口尚彦研究所」と名付けた。
石川県小松市の里山にある農口尚彦研究所をこれまで何度か訪れた。直近では2022年12月だった。高齢ながら酒蔵の中をきびきびと動き回る姿やその腕の太さを見れば、いかに屈強な仕事人であるかが理解できる。農口氏と初めてお会いしたのは2009年だった。自身が金沢大学で教員をしていたときで、担当していた地域学の講義科目の非常勤講師として酒造りをテーマに講義をお願いした。それから3年連続で講義をいただいた。毎回自ら醸造した酒を持参され、講義の終わりには学生にテイスティングしてもらい、学生たちの感想に熱心に耳を傾けていた=写真=。
本題に入る。農口氏がユネスコ無形文化遺産の登録に貢献しているのではと思いついたのは農口氏のこの言葉だった。「ブルゴーニュワインのロマネ・コンティをイメージして造っているんだよ」。その説明を求めると、「のど越しのキレと含み香、果実味がある軽やかな酒。そんな酒は和食はもとより洋食に合う。食中酒やね」と。洋食に出す日本酒を意識して造っているというのだ。確かに、農口杜氏の山廃仕込み無濾過生原酒は銀座や金沢だけではなく、パリ、ニューヨークなど世界中にファンがいて、すでに22ヵ国に輸出されている。「世界に通じる酒を造りたいと思いこの歳になって頑張っております」。この話を聞いたのは2017年だったので、7年前のことだ。
酒が飲めなくてもロマネ・コンティの価値を学び知り、「日本酒のロマネ・コンティ」を目指して酒造りに励む農口氏。いま日本酒は世界的なブームを呼んでいると報道されている。このブームの火付け役の一人はひょっとして農口氏ではないだろうか。時代感覚を意識した酒造り、世界で求められる味わいの探究、農口杜氏の仕事の流儀は尽きない。
⇒8日(金)夜・金沢の天気 はれ
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