
D70s with SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC Macro thru Kenko Pro1D Protector (W), Aperture priority AE (F=4.2, SS=1/800s), +0.3EV (Matrix metering), ISO200, WB=Cloudy (-1), f=50mm (35mm-equivalent: 75mm)
道端のコスモスの花。農家の庭先や道端など、そこかしこにコスモスが咲いていました。
都会ではこんなにコスモスを見かけないよ。

D70s with SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC Macro thru Kenko Pro1D Protector (W), Aperture priority AE (F=4.5, SS=1/500s), +0.3EV (Matrix metering), ISO200, WB=Sunny (+0), f=70mm (35mm-equivalent: 105mm), Cropped
チョウが一心不乱に蜜 (みつ) を吸っていました。ツマグロヒョウモンのようです。カラシ色の羽が秋らしい。
撮影後記
後ろの花が枯れていることが気になりますか? ベテランのカメラマンほど気にするようです。
私は、背後の花が枯れていても全然気になりません。枯れるのは普通のことであって、決して悪いことではないから。花が枯れていると何がいけないのでしょうか。花の形が整っていなければ写真の価値が落ちるだなんて、人間の固定観念に過ぎません。
撮影者が個人的に信奉する理想を被写体に押し付けたり、特定のイメージを追いかけたりしていると、自分の想像力の範囲内の写真しか撮れません。
そうは言っても、世間の主流はイメージ狙いの写真です。目の前の光景を自分の枠にはめ込むのが当たり前とされています。
写真展に立ち寄ることもあります。Webで写真を見ることもあります。プロ写真家の作品も目にします。しかし、どの写真も凝りすぎです。作為が強く前面に出ており、押し付けがましくさえ感じます。そのような写真を見ても、「きれいだね」という感想が出るだけで、なかなか共感には至りません。それどころか、撮影のときに込められた執念が伝わってきて、見ていて疲れます。
私は、もっと肩の力を抜いて写真を撮りたい。だから、そこにあるものに寄り添い、時間を共有して、そのまま撮る。ただそれだけ。
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