ふくちゃんの絵日記

バイク等での旅行記や、日常生活で感じたことを、絵(写真)に描けるものは描き(添付)絵日記風にしたいと思います。

☆涙脆くなったと思える私・・

2013年09月08日 | 日記
 自分でも可笑しいくらい涙が出る時がある。
 映画「書道ガールズ・わたしたちの甲子園」を観ていた時も涙した。
 例えば、父と主人公である娘との”葛藤”の後に、父が娘を理解した証しの行動の場面で、涙が出て、鼻をすすっている私が居る。
 映画作品の表現方法によって、観衆側に喜怒哀楽を与えるとものと思うが、昨日(9月7日)2020年のオリンピックを東京に招致するための選考会?のニュース(実況放送)を友人宅で観ていた。
 その中で、滝川クリステルさんのプレゼンテーションで、日本には”おもてなし”の心があると云う様な訴えをしていた。
 滝川さんの話す言葉・フランス語(と云う説明があった)は理解出来ないが、通訳の日本語と、ご本人の日本語での”おもてなし”と言う段になって、友人が「何に泣いとん!」と云う。
 私の心の琴線に触れた言葉であったのか、涙する結果となっていた。
 映画も、プレゼンテーションも作品、はたまた日常的な会話(話術)も”作品”とするなら、予想も出来ない場面で”涙”する結果になるのでしょうか!・・・・
 何でこんなに涙腺が弱くなったのだろうか?と思う。
 人生は「赤ちゃんで生まれ、赤ちゃんになって終える」と云う人がいる。
 大げさ(悲観的)ではあるが、泣くことしか表現出来ない終焉の”赤ちゃん”に到達(回帰)しかけているのだろうか!?・・・
 今日、2020年開催のオリンピックは東京に決まった。
 前回の東京オリンピックは血気盛んな年齢の時代であった。
 次回(2020年)は、80歳に手が届く年齢で、開会式が観られるだろうか?と、開催される喜び半分・不安半分!
 複雑な心境である。
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☆CDアルバムをレンタルして・・

2013年09月07日 | 日記
 過日、久し振りにレンタル・ショップに行った。
 50年代のJAZZのレンタルCDがあれば借りる目的があった。
 SONNY ROLLINSとNAT KING COLEが目に付いて選んだ。
 このアルバムはレコードにも無かったので選んだが、あとはレコードを持っていたり、興味が無かった。
 四枚レンタルして1000円。 あと二枚。
 若手ピアニスト・上原 ひろみの未聴取のアルバムがあったのでこれも選んだ。
 あと一枚は何にしような迷った。
 前々から”中村 美津子”という歌手に興味があったが、今までにレンタルしてまで聞くことは無かった。
 この際、聞いてみようと「中村 美津子 ナツメロ百選」という6枚組のアルバムを選んで四枚となった。
 悩んで借りた「中村 美津子」。 良かった!!
 肩肘張らず(中村 美津子だ!という歌唱でなく)にスッキリとした歌い方で、私は好感を持った。
 タイトルのとおり”ナツメロ”で、月の法善寺横町・浪速しぐれ「桂 春団治」など盛り沢山である。
 なかでも、同期の桜は、歌は無く、特攻兵士の手記を曲をバックに語る手法で表現しており、感銘を受けた。
 一枚当たりの単価も経済的で、近年での”当たり!”と思える嬉しい借り物であった。
 当然、” 晴れた空~・・・”も有るでぇ!!
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☆アカウミガメの産卵

2013年09月06日 | 日記
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 近くの海岸に「アカウミガメが産卵した」と言うニュースを耳にした。
 8月16日、自転車でカメラを携え見に行った。
 見てのとおり、四本の杭を立て、ナイロンネットで囲っただけのものである。
 私は20年余り、住まいしているが”ウミガメが産卵する”等とは考えていなかったし、その間にこの様なニュースや情報は聞くことは無かった。
 しかし、松林の続く自然な海岸であった過去には、産卵する光景は見られたと言うことであった。
 アカウミガメは、日本では鹿島灘(太平洋)・能登半島(日本海)以南で繁殖するらしい。
 そして、遠州灘海岸・和歌山県南部・日南海岸・屋久島等では、年間・100回以上の産卵が確認されているという。
 産卵する海岸は、産卵後に、波しぶきや海水が被る場所では卵は成長せずに死滅するらしく、波打ち際から離れた場所に産卵するため広い砂浜が必要らしい。
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  昨日(9月5日)再度、見学に行った。
 写真を見てお分かりの様に”孵化”する日も近いのか、監視カメラが設置されていた。
 注意書きからも”あたたかく海に返してやって!”と願う思いが伝わってくる。
 産卵後、約60日で孵化するらしい。
 孵化が見られなくても”無事に海に帰った”と言うニュースが聞きたいものです。
 2年程前まであった貴重な松林が伐採され”(自然な海岸という)風情”が無くなっているが、自然の営みで生きた(必要な)海岸である事を認識させてもらった。
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☆頂き物で惣菜造り

2013年09月05日 | 日記
 南瓜を頂き、料理に挑戦したことは日記に認めた。
 稲刈りの農業体験をさせてもらった折に、隣接する畑から茄子をもいで頂いた。
 茄子と言えば、私には”漬物”と連想する。
 若かりし頃、スナックで出された「焼きナス」をみて、何で皮を食べないのか不思議であった。
 漬物の茄子は、所謂”古漬け”が好きで、その殆どを皮を好んで食べたものである。
 スナックで出された「焼きナス」が口に合わなかったのか、それ以降に食した記憶がない。
 家族に料理方法を聞くと、マーボ・ナス、焼きナス、若しくは漬物と言う回答が帰ってきた。
 手っ取り早い「焼きナス」に挑戦してみた。
 確か、スナックでは網でガスコンロの火で焼いていた様な記憶がある。
 しからばと、魚焼きのグリルで!と思い、焼きにはいった。
 暫くすると”パン”と裂ける音がした。
 グリルを開くと見事に破裂しているではないか! 失敗である。
 頂いた茄子は長さもあることから半分にして、弱火でじっくりと焼いてみた。
 皮を見ると焦げ目も出来ており、皮を剥いでみた。
 火が通っていないと思われる茄子の肉質に変化が無いところもあった。
 皮を剥いだ果肉を3cm位の長さに切って、これも頂き物の”(阿波の)スダチ”を搾って、醤油で頂いた。
 若かりし頃の思い出を覆す様な結果で”いけるでぇ!”との味覚で焼酎にピッタリと嬉しい結果となった。
 こののち、メニューに「焼きナス」があれば注文し、食感や味を確認してみたいと思う。
 本物の「焼きナス」の味と、私が造った味との違いがあれば”別もの”と認識が出来る。
 それもまた造る惣菜のメニューが増えたことになる。
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☆煮物に挑戦!

2013年09月04日 | 日記
 隣人から「南瓜」を頂いた。
 味付けについて、NETで調べてみた。
 頂いた南瓜の半分を料理(煮付け)してみることにした。
 適当な大きさにカットし、皮を剥いだ。
 種の部分は水洗いして手で”ワタ”の部分は取り除いた。
 そして、今回は以前の味付けで、少し”甘み”が弱いのでは?と感じたので、途中で味見し、三温糖をホンの少し加えた。
 常温から煮出し、煮付けには必要と、見て知った”落し蓋”をした。
 今回は、我ながら美味しく出来たと思っている。
 しかし、どうも創る工程が違うようである。
 知人から「出し汁で煮込んだか?」」と云われたが”あとの祭り”である。
 次回、南瓜を頂いても十分に対応できると云う自信はついた。
 と、云っても、南瓜を買ってまで、出汁汁で煮込み、味付けすると云うまでの、気力はない。
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☆犬くんの再診と、ままならない家事

2013年09月03日 | 日記
 9月3日、午後に比べ、午前中の降雨確率が低いので午前中に受診するため動物病院に行った。
 診断の結果は「腫れもとれましたね! もう一週間、薬を飲ませて下さい。 注射は必要ありません」と云うことで一週間前と同じ薬を処方され帰宅した。
 帰宅し、以前から気になっていた雑草が目に付いた。
 霧雨の様な雨は降って、土も水を吸って柔らかくなっていて、抜き易いだろうと思った。
 しかし、蚊は居るだろう!?
 蚊に刺されると、異常に痒さを感じる体質である。
 過日、私が病院で受診した結果で「アレルギー因子」を持っていると診断されたことを思い出した。
 蚊に刺されて異常に”痒い”と感じるのは、そのため(アレルギー因子)なんだろうか?
 この時期の庭仕事は、極力・避けたいと思っている。
 雨の日の草抜き!他人が視たら「こんな日にしなくても!!」と思われるのだろう!
 抜き始めて少し経った頃、雨がひどく降り始めたのでやめた。
 少し、涼しくなって、蚊対策の長袖シャツが着られる頃まで、草取りはお預けとした。
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☆今日は、9月2日

2013年09月02日 | 日記
 日付が日記の表題になることが続いている。
 たまたま、そうなったことであるが、今日の日付が”名前”の由来である知人がいた。
 もう四十数年、音信不通にはなっているが、9月2日になると、価値観を共有し、語り合った若き時代を懐かしく思い出されるのである。 年を重ねることも、残り少なくなった今日、もし神の采配と、許されるなら、再会して四十数年間のギャップを埋める事による危険?が含まれているとしても、逢ってみたいと思うのである。
 現在の様にメールや携帯電話で容易く音信の確認が出来る環境が、あの時代に有ればと悔やまれる。
 自動(ダイヤル)式電話と、交換手につないでもらう待時式電話が混在し、電話が手軽に掛けられなかったことから、手紙や電報が一般的な通信手段であった時代に加え、遠く離れた”環境”から疎遠になっていったのである。
 この”環境”には、仕事や転勤を理由に感けて、言い訳が含まれる。
 しかし”後悔先に立たず!”で思いは募る。
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☆9月1日

2013年09月02日 | 日記
 9月1日は関東大震災を教訓とする「防災の日」
 そして、季節の変わり目「210日」である。
 幼少の頃から、210日は”台風が来る日”として記憶している。
 台風が来ると云うニュース(天気予報)にくわえ、永年の経験から台風の影響を受けると感じれば、雨戸を釘や角材で補強し台風に備えていた。
 そして、台風と云えば停電である。
 私は、台風が来ることを秘かに願っていた様なところがあった。
 台風で雨戸を閉め、補強することになれば、父の仕事(商売)は休業になる。
 風雨が強くなって、停電になれば、蝋燭の明かりが頼りとなる。
 家族が自然と”蝋燭の灯り”に集まってくる。
 そして、家族での遊びが始まる。
 十円硬貨位の大きさ(60年位前の記憶であり、定かではない)の煎餅があった。
 擂鉢の周りに集まって、擂鉢に沿って転がすのである。
 自分が転がした煎餅が重なった一番上にあれば、下になった煎餅が自分のもになるという単純な遊びである。
 擂鉢の底まで転がって行くと”倒れる”しかなく、後から来る煎餅に負けてしまう。
 如何に擂鉢の周り(内側)を永く周回するかが勝負の分れ目となる。
 勝って煎餅が増えると言う楽しみより、父や家族が集っているという事が、風雨で家を揺るがす怖さを越えて、堪らなく好きであった。
 祖父母を含めた家族構成も少なく、雨戸を釘で固定する様な事もなく、加えて停電することも”稀”となった今では再現することは出来ない。
 210日を迎え、昔を思い、現実に戻れば、カレンダーも残すところ、あと四枚(月捲り)となっている。
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