「生活を見られているよう」 記名式ごみ出しルールに戸惑いの声
2023/02/17 16:00
(毎日新聞)
「ごみ袋に名前を書いて出さなければいけないなんて、生活を見られているようで嫌なんです」。ある自治体の住民女性が戸惑いの声を毎日新聞に寄せた。ごみ袋に記名しないと回収されないのがその自治体のルールだが、家庭ごみにはプライバシーに関わるものも多く含まれ、抵抗があるという。一方、自治体側は記名によって分別徹底の効果を期待する。賛否が分かれる現場の実情を探った。
鹿児島県いちき串木野市の道路脇に設けられたごみ置き場を午前8時前に訪れると、各家庭が出したごみ袋にフルネームが記入されていた。収集場所の看板には「指定ごみ袋に名前を書いてください」と書かれている。「名前を書いていないと持っていかないよ」。収集業者の男性が語った。
このルールに疑問の声を寄せたのは、数年前に関東地方から同市に引っ越してきた70代の女性だ。これまでごみ袋に名前を書いた経験はなかった。「何を食べたり、飲んだりしているのかがごみから分かってしまう。しっかりと分別しているのに、どうして名前を書かないといけないのか」と首をかしげる。
市によると、指定ごみ袋への名前の記載は、合併前の旧串木野市時代の1996年に始まった。市の担当者は「責任を持ってごみを出してもらい、分別を推進するため」とその目的を強調する。燃えないごみにガス缶や電池などが混入し、処理場で火災が起きるケースもあるという。名前の不記載や分別が不十分な場合は回収せず、違反理由を書いたシールを貼っている。
一方、記名に賛成の市民もいる。市内の40代男性は「別にやましい物も入っていないし、ごみを持っていってくれない方が困る」という意見だ。市内の別の女性(78)も名前を書くことに抵抗はないとし「ごみ袋の中に危険物が入っていて火災になったことがあると聞いた。収集する人も大変だろう」と理解を示す。
ごみ袋に記名を求める自治体は他にもある。分別の推進など自治体の狙い通り住民のごみへの意識が高まれば、排出量削減も期待できるが、実際はどうか。
環境省は1人1日当たりのごみ排出量が少ない市町村を公表しており、2020年度のトップ3だった長野県川上村、同県南牧村、徳島県神山町はいずれも指定ごみ袋に記名を求めていた。20年度のリサイクル率が83・1%と市町村別で全国トップの鹿児島県大崎町も同様に記名式だ。
しかし、人口の多い都市部は指定ごみ袋に記名を求めないケースが目立つ。政令市の仙台市や福岡市などはごみ袋に名前を書く必要はない。大阪市や横浜市、東京都内23区などはそもそも指定ごみ袋さえなく、中身が確認できる透明か半透明の市販のごみ袋やレジ袋で出せばいい。
無記名でもごみ減量に成功しているのが京都市だ。20年度の1人1日当たりの排出量は758・9グラムで全国平均(901グラム)より少なかった。同市では区役所など市内14カ所に「エコまちステーション」という窓口を設け、ごみの分別方法で住民の相談に乗り、出前講座もしている。市民や企業などがメンバーの「市ごみ減量推進会議」では、ごみ減量につながる取り組みを公募するなどしている。
環境省は、ごみ袋の記名式を導入している自治体数を「把握していない」としており、記名式については「プライバシーの問題などもあり、国としては手引などで推奨することはしていない。ただ、当然、懸念点を踏まえたうえでの最後の手段とも考察され、国としては否定することもできず悩ましい」とする。
記名式のいちき串木野市は、20年度の1人1日当たりのごみ排出量は約1キロで全国平均を上回り、リサイクル率9・3%も全国平均(20%)より低かった。市の担当者は「記名式をやめるともっとひどくなるかもしれない」と話し、出前講座などの従来の方法も続けるしかないと説明する。
ごみの分別や減量を研究する中央大の篠木幹子教授(環境社会学)は「自治体のごみ処理施設の性能や財政状況によって分別への事情は異なる」と前置きしたうえで「記名式はごみ出しに責任を持ってもらう意味で一定の効果はあるだろうが、プライバシーの問題やストーカー被害の懸念などからは望ましくない面もあると思う」と指摘。「住民に納得してもらえるかが重要で、自治体は分別方法などの情報提供だけに終わらず、なぜ分別が必要なのかなどを住民と対話し続ける必要がある」と話した。【宗岡敬介】