ヒット曲もたくさんある。
一番が歌える曲も数多い。
作詞家で作家なので、言葉についてのある種専門家と言えるだろう。
「自分を愛しすぎている」ことへの警告を発している。
自分を愛することは自分を嫌うよりはいいことだと思う。
自分を愛することができなくて自分を傷つけたり、自暴自棄になったりするのは、哀しい。
けれども、自愛が、歪んだ形になってしまうと、それは、本人だけのことにならない。
「自己チュウ」なんて揶揄される程度で済まなくなる。
どうも健全な形になりにくくなっていると言える。
その原因を阿久悠は
『嘴も小さく、爪も弱く、羽も生毛のままのヒヨコの周辺から不可能を排除し、大きな
コンドルと錯覚させた自信家の今の子は、自己愛だけで生きる』と書いている。
また、こんなことも書いている。
『他人を悪く言って楽しむ快感に浸っていると、自分以外の人間に敬意を払い、尊重
するということは身につかない』
テレビで、お笑いとか称される娯楽番組がある。
最近の娯楽番組は、相手をけなしたり、たたいたり、水をかけたり、が派手。
けらけら笑って見ている人もいるが、笑うどころか、より冷めてしまって、この手の番組は見ていない。
こうした現象も、背景のあるのかも知れないと思った。
そして、心でうなってしまったのを以下に引用する。
『少年ぶる父親たちよ、少女ぶる母親たちよ、なら子らは何ぶればいい』
『清らかな厭世 -言葉を失くした日本人』
阿久悠
新潮社