植草甚一の散歩誌を読んでいたら、「商事会社が慶應病院を買収し、トルコ風呂にした。看護婦さんが大喜び 院長も大喜びだった」(虚想)と訳の分からぬ文章がでてきて、子供の時の記憶がよみがえった。
確か、小学校6年生の時だったと思うのだが、先生と雑談していた時に、「おまえは将来何になるんだ」(僕はクラス委員長で児童会会長だった)と聞かれ、僕は「トルコ風呂」の経営者になると即答したら、先生の目が点になった。
そして、先生は「それはお母ちゃんが悲しむぞ」と言った。
先生の言っている意味が分からなかった。
僕の家はガソリンスタンドで、その当時、村の青年たちのたまり場だった。
そして時々、青年が言うのである。「昨日のトルコ風呂はよかったな~」って。そして「また行きたい!」と。
話を聞くと、首までつかるスチームバスだという。そんなに気持ちがよくてまた行きたいようなところなら、お客はいっぱい来るので単純に儲かるだろうと、子供の頭で考えた。
僕の頭は、しばらくトルコ風呂の経営者になってお金持ちになることでいっぱいだった。
確か、小学校6年生の時だったと思うのだが、先生と雑談していた時に、「おまえは将来何になるんだ」(僕はクラス委員長で児童会会長だった)と聞かれ、僕は「トルコ風呂」の経営者になると即答したら、先生の目が点になった。
そして、先生は「それはお母ちゃんが悲しむぞ」と言った。
先生の言っている意味が分からなかった。
僕の家はガソリンスタンドで、その当時、村の青年たちのたまり場だった。
そして時々、青年が言うのである。「昨日のトルコ風呂はよかったな~」って。そして「また行きたい!」と。
話を聞くと、首までつかるスチームバスだという。そんなに気持ちがよくてまた行きたいようなところなら、お客はいっぱい来るので単純に儲かるだろうと、子供の頭で考えた。
僕の頭は、しばらくトルコ風呂の経営者になってお金持ちになることでいっぱいだった。