今日のニュースはこれできまりです。
私は刑事コロンボの大ファンです。
1971年から2003年の30年以上にわたって放送された長生き番組です。
ただ、私たちが日本で見るのは再放送ですから
時代がまちまちです。
30年の間に俳優も年をとります。
順不同に見るので、雰囲気の違いに戸惑うこともありました。
コロンボの犯罪は、ハイソで起こることが多いので、
その舞台装置の豪華さや華やかさも楽しみの一つでした。
ピーター・フォークの右目はいつも変だと思ってみていました。
多分、義眼ではと思うのですが、でも、テレビに出ているのに?
あるいはシリーズが始まってから、義眼になったのだろうか、だから代えるわけには
いかなかったのだろうか、いつもいつも疑問でした。
死亡記事によると、3歳のときに癌で、義眼手術を受けていたことを知りました。
最初は舞台俳優だったようです。
みんなから義眼だからテレビや映画はできないねと言われていたし、
またハリウッドのオーディションでも、同じ報酬で2つちゃんと目のある人を雇えるなど、
心ない対応を受けたようです。
この刑事コロンボ役もビング・クロスビーのためにつくられたということですが、
断られ、ピーター・フォークに回ってきたのです。
結局、義眼であることが、よれよれのレインコートとともにコロンボのトレードマークに
なったのですね。
そして、独特の刑事像となったのです。
こども時代は義眼であることジョークにしていたということですから
きっとからかいやいじめのようなものがあったのでしょう。
そういう実生活の体験が、刑事コロンボをつくったのだと思います。
3歳のときに決定的なハンディキャップを受け、小さいときから演劇が好きだったものの
政治学の修士をとり、政府の予算局で働いていたが、演劇への情熱を押さえきれず、また
舞台に戻ったということです。
情熱があれば、不可能が不可能でなくなる、そして、ハンディキャップがハンディキャップで
なくなり、むしろ、強みになる、そして、おそらく、シャーロック・ホームズやマープルと並ぶ
世界的な探偵像を作り上げた、素晴らしいです。
ここ数年は認知症、アルツハイマーを患っていたということでした。
刑事コロンボと同程度にあるいはそれ以上に人間ピーター・フォークのファンになりました。
何事もあきらめてはいけない、教訓を学びました。