きょう、BS NHKの『フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿』で「20世紀最大の科学スキャンダル“常温核融合”事件」を取り上げていた。
事件は、バナジウムを陰極として重水を電気分解すると、入力したエネルギーを超える発熱があり、常温核融合が起きた、と、1989年3月23日にスタンレー・ポンズとマーティン・フライシュマンとが記者会見で発表したことだ。ノーベル賞ものと全世界で騒ぎになったが、結局、実験が再現できず、否定されたのである。ここで、重水とは、水分子を構成する水素原子の核が、陽子と中性子が1個ずつの原子核、すなわち、重水素の核からできているものをいう。
ちょうど、民間企業の研究所にいたころであり、思い出深い大事件である。この常温核融合の発表が世界的に科学者たちを熱狂させたのには、次のような背景があった。
1つは、高額の大装置をつかったプラズマ核融合が30年以上の研究開発をかけても成功せず、新しいアイデアが求められていた。2つの重水素の原子核が核融合を起こしてヘリウムの原子核できるためには、プラスの電荷とプラスの電荷の反発が作るポテンシャルの壁を通り越える必要がある。そのために、高温高圧の状態を作ろうとするが、その状態を安定に保てなかった。
もう1つは、1986年にIBMチューリッヒ研究所のK. A. ミュラーとJ. ベドノルツが、これまでの常識を破る高い温度で超伝導が起きる固体物質LaBaCuOを発見したことだ。それまでは絶対温度で25度K以上での超伝導は不可能だと信じられていた。彼らが発見した物質は35度Kで超伝導を起こした。これが発表されるやいなや、世界中で、いろいろな固体物質が精製され、つぎつぎとより高い温度で超伝導を起こす物質が発見された。このことで、ミュラーとベドノルツとが、1987年にノーベル賞を受賞した。
この高温超伝導物質の発見は、日常的な感覚での高温ではなかったが、お金をかけなくても、小規模なプロジェクトで、常識を破る発見ができるという夢を、物理や化学の科学者たちに与えたのである。
NHKは、以上の科学者を熱狂させた背景をすっとばして、共同研究者のフライシュマンが有名な電気化学の研究者であったことのみを、当時の科学者の熱狂の要因している。
そして、ポンズが突然のライバルの出現で焦って、研究が未完成のまま発表に追い込まれたことに番組のテーマを絞った。
確かに、科学者の名誉心や、また、「選択と集中」という研究費の配分に、問題がある。しかし、いっぽうで、お金をかけず、夢を追いかけて地道な研究を続けている科学者たちの存在を信じて欲しい。
私が院生で物理教室にいたころ、ディラックの仮説のモノポール(磁気単極子)を東北の砂鉄の山で探していた先生や、自分で金属を加工して重力波を測定する装置を作っていた先生など、見果てぬ夢を追いつづける人たちがいたのである。