7月28日の朝日新聞『(耕論)羊飼いの沈黙』は、5月12日に財務大臣の麻生太郎がマスコミと財務省とを「国の財政破綻を煽るオオカミ少年」と言ったことへの反論である。
その4日前、5月8日、財務省は、「国の借金」が2020年3月末時点で1114兆5400億円となったと発表した。「国の借金」とは、国債と借入金、政府短期証券の残高を合計したものを言う。この額は、日本の昨年の国民総生産の約2倍である。
「国の借金が日本の財政への信認を損なうのではないか」という記者の質問に対して、麻生太郎はつぎのように言ったのである。
「国債が増えても、借金が増えても金利が上がらないというのは普通私達が習った経済学ではついていかないんだね、頭の中で。今の答えを言える人が多分日銀にもいないんだと思うけれどもね。そこが問題なんだ」
「金利が上がるぞ、上がるぞと言って狼少年みたいなことをやっているわけだよね。だけど現実問題としては本当に上がっていないんだよ」
2013年6月17日に横浜市内で行った講演でも、麻生太郎が「日本は自国通貨で国債を発行している。お札を刷って返せばいい。簡単だろ」と答えている。
麻生の講演の要旨は次のようである。
借金というものは貸し手と借り手とがある。銀行が国債を買ってくれるから、国が借金できる。銀行は国民に預金という形で借金している。いま、企業は銀行からお金を借りない。だから、国が銀行からお金を借りてやることで、銀行が稼げてつぶれないのだ。
そして、麻生は言った。
「日本という国は間違っても、日本の政府が借金しているのであって、みなさんが借金しているのではない。それと、当然、円で賄われているから、いざ満期になったときどうすればいいかって、日本政府がやっているんですから、日本政府が印刷して返すだけでしょうが。だって日本円なんだから。簡単なことだろうが。」
麻生の話は細かい点でも間違っているが、大局でも大嘘である。
麻生の前段の主張に関していうと、預金者と銀行と政府との間で話が閉じていて、政府は借金して、そのお金をどう使っているのか、ということが欠けている。しかも、いまや、銀行が国債の買い手を日銀以外に見つけにくくなっている。
後段の主張は、お金や政府にたいする信用を崩壊させる。75年前、敗戦と同時にお金と政府の信用が崩壊し、経済が混乱し、戦争が終結したにもかかわらず、人々が死んだ。飢え死にや自殺である。信用の崩壊はある日突然やってくる。
政府はサービス機関である。国民はサービスの対価として政府に税金を納める。サービスに要する物と人のコストが歳出である。歳出と税収が釣り合わないから借金をするわけである。この歳出に財政出動という景気対策のための出費がある。
1990年にバルブがはじけて以来、景気対策として巨額の財政出動をしてきたが、景気はいっこうに改善せず、国の借金は増えるばかりである。ということは、疑うべきは、財政出動の有効性である。
財政出動では、政府のお金が民間の企業に支払われる。その企業が、なにか政府の仕事をして、国民のサービスになると、同時に、企業の支払われたお金が市場の需要を引き起こす。景気が良くならないのは、どうでもよい仕事をしており、また、お金が一部の人にしか行きわたらず、景気は良くならなかったということだ。
景気が良いというのは、株価が高いということでも、大企業の経営者が満足しているとアンケートに答えることでもない。普通の国民が欲しいものを買えるお金をもっているかである。モノが売れないということは、景気が悪いからだ。横浜の郊外に住んでいるが、モールの店が次々と閉じていく。モノが売れないからだ。
一部の人だけがレクサスや外車が買えても景気が良いことにならない。株価は政府が操作しているから景気指標とならない。
問題は、この間の財政出動は富みの偏在を強め、より景気を悪化させる方向に動かしていることだ。国が巨額の借金をして、毎年、国の景気を悪化させている。それは、安倍晋三の政権維持のために、財政出動という名目で、国費を選挙の論功行賞に使っているからだ。
国民は安倍晋三に刑罰をあたえるべきである。土下座ですまされない。
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