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ユリ科の話
Auratum -clade
日本に“ヤマユリLilium auratum”という野生植物が存在するということは、素晴らしい僥倖なのではないでしょうか?
日本固有種、といえば、“地味で目立たない”が定番、殊に、正真正銘の純度の高い〈国外に近縁種が存在せず、かつ、日本国内で広い範囲に普遍的に分布する〉固有種では猶更です。
究極の固有種としては、蝶の場合はヒカゲチョウ(ナミヒカゲ)、植物に於いてはヤマユリが相当します。
しかし、両者には、決定的な差があります。これ以上地味な表現は無理なのではないかと思う程、究極の地味な外観を呈するヒカゲチョウ、純粋な固有種でありながら、とても日本のネイティブ生物とは信じ難い美しいビジュアルのヤマユリ。
そのようにビジュアル面では対極の存在でありながら、両者(ヒカゲチョウとヤマユリ)には数多くの共通点が見出されます。
国外に姉妹種と言える対象が存在しないこと。国内の分布範囲内(主に本州)では極めて普遍的に見られること。この2種に限らず、日本固有種とされる生物は、案外人間生活圏の身近に存在していることが多いのです。
両種とも、都市近郊や里山などで見られることが多い一方、人里離れた相当の山奥にも棲息・生育しています。
どちらの環境が本来の棲み処なのでしょうか?
それはともかく、都市周辺を含む人里に普遍的に見られる在来生物の多くは、“出戻り在来種”であるように思えます。人間の活動に伴って棲息・生育環境を奪われ、一度は衰退しかけたものが、何らかのきっかけでまた戻ってきて、以前にも増して繁栄している。
出戻り、というのは、水平的な移動というだけでなく、時間的な変動(同じ空間における増減)もあるのではないかと思われます。
いずれにせよ、派手で豪華で、かつ清楚な奥ゆかしさも兼ね備えた、まさに完璧とも言えるビジュアルの固有植物ヤマユリの存在は、富士山の存在に匹敵するほど(私見ではそれ以上に)素晴らしいことなのではないかと思っている次第です。
その究極の固有種ヤマユリに近縁な姉妹種は何なのか。
DNAの解析に拠ると(それ以前の基本形態学的解析からも)、ヤマユリと同じcladeに含まれるのは、いずれも日本固有の(またはそれに準じる)、ヒメサユリ(オトメユリ)L.rubellum、ササユリL.japonicum、カノコユリL.speciosum、ウケユリL.ukeyuri、タモトユリL.nobilissimumの各種です。
普通に考えれば、花被弁が無斑で反り返らないササユリとヒメサユリ、西南諸島の一部地域に固有分布するウケユリとタモトユリ、そして花被弁に黒斑を散布し強く反り返るヤマユリとカノコユリの組み合わせであるように推察されます。
しかし、DNAの解析に拠れば、意外な結果が示されている。ヒメサユリが(外観が極めて類似したササユリではなく)ヤマユリと非常に近縁な関係に位置づけられています。
ヒメサユリもまた、日本のネイティブ生物としては例外的な、派手な色調の(かつシンプルで清楚な)外観を呈する日本固有植物です。本州の東北地方の数か所だけに分布します。
僕が撮影を行ったのは飯豊山。前日夜に登山口に到着し、宿に泊まる資金が無かったので、持参のテントを利用。登山道の急な登りの取付きにテントを張って、翌日ピストンで稜線まで往復。ヒメサユリは稜線近くに見事な群落を形成していました。
稜線までの尾根道は長いアプローチで、夜明け前に出発して、稜線周辺で(イイデリンドウなどの)撮影を終えた後、テントに戻ってきたのは真っ暗な夜になってしまいました。
途中、朝早くエゾハルゼミが足下から一斉に飛び立ったり(他の場所でもヒグラシなどで同じ経験をしています、蝉の幾つかのグループは、夜は親になっても地面周辺で生活している様なのです)、下り途中、日がほぼ暮れた頃、崩壊地の斜面で見事な大型の花序を付けたエゾアジサイの群落に出会ったりしたのだけれど、いずれもストロボを持っていなかったため暗くて撮影出来なかったのが、心残りです。
ヒメサユリは東北地方の限られた一帯にしか分布していないのですが、より西方一帯には外観がよく似た白い花のササユリが分布します。ピンク色がかった個体も少なからず見受けられます。
知人のアマチュア写真家から聞いた話ですが、ヒメサユリの分布圏から外れた、北アルプス笠ヶ岳の錫杖北尾根を下る途中、ヒメサユリに間違いない花を見た(なぜか写真は撮っていない?)と。もちろん、ササユリの濃いピンク色の個体である可能性が強いのでしょうけれど、気になる話ではあります。
西日本には、ササユリが広く分布しています。これも日本固有種です。衒いの無い、オーソドックスな白花(ピンクを帯びる個体も含む)の、いかにも日本固有種といった風情の、清楚で素朴な印象です。
普通に考えれば、ヒメサユリに近縁と思うのですけれど、DNA解析に拠ればそれほど近縁とはいえず、奄美群島固有種のウケユリに近縁で、それも遺伝子レベルでは同一種としても良いほど、全く差異がないことになっています。
以前にも書いたと思うのですが、ササユリの花冠は鋭角的、ウケユリのほうは円やかでかつ四角っぽい。面白いんですよね。「円やかな四角」というビジュアル的な印象は、奄美群島(一部沖縄本島を含む)産の蝶に共通して示される傾向です。ジャコウアゲハ、カラスアゲハ、ツマベニチョウ、、、奄美群島(一部沖縄本島を含む)産は、どれも円やかな四角い翅を持っている。蝶の翅と植物の花冠を一緒くたにして論じるのは、何の根拠もない暴論であることは重々承知のうえで、興味深いです。
奄美群島だけでなく、例えば八重山諸島でも、ルソン島でも、パラワン島でも、セレベス島でも、あるいは北米大陸でも、アフリカ大陸でも、オーストラリア大陸でも、生物の分類群の枠組みを大きく超えて(なんなら人間も含めて)、説明のつかない外観上の共通項に収斂されるように思われます。“時間のフラクタル”。
ウケユリの主な自生地のひとつ加計呂麻島には、昔何度か訪れました。でも敢えてウケユリの撮影に向かいはしなかった。その理由なども含め、僕との様々な関わりに関しては、またの機会に記述します。いつか再訪したい、と思っています。
ヤマユリとヒメサユリ、ササユリとウケユリ、という意外な組み合わせになるのだけれど、カノコユリとタモトユリも意外な組み合わせと言えるかも知れません。
カノコユリは、ヤマユリ同様、あるいはそれを上回るビジュアル的美しさを備えたユリです(中国名で「美麗百合」と呼ぶのも納得)。そのため早くから注目を浴び、欧米での園芸品種化の原種として重宝され、また、日本国内でも各地で盛んに栽培されてきました。
そのため、在来分布域に関しては諸説があります。一応、西日本の各地(四国・九州西部の限られた地域)および中国大陸の一部地域(ヤマユリcladeの唯一の国外分布種)とされていますが、それらが本当に在来分布なのか、よく分かってはいません。
少なくとも甑島の集団(それと四国の一部などに生育するタキユリ)は在来分布で、それ以外の集団は二次的な拡散に拠るものではないか、という説もあります。
殊に中国大陸東部での在来分布の真偽が未検証です(似たような例は他にも少なからずあって、ヤマアジサイなどもその一つ)。
DNA解析でカノコユリの姉妹種と目される、トカラ列島固有のタモトユリは、ある意味、カノコユリ(と共通祖先種由来)の白花種という解釈もできます。
甑島のカノコユリにタモトユリを加えた分布パターンは、西南諸島北端(宇治群島、三島列島黒島、トカラ列島諏訪之瀬島)に在来固有分布する、バランなどとも類似します。
広く捉えると、上記分布パターンと、ソハヤキ要素(日本の西南部+中国大陸東部)の分布パターンを併せたものと捉えることが出来るかも知れません(例えばスギなどもそれに準じます)。
タモトユリは、口之島の自生地で、現在では絶滅してしまった、と考えられています。生育地は西海岸の断崖絶壁で、陸伝いに訪れることは、ほぼ不可能である由。
絶滅種というのは、どこかにまだ残っているのではないか、というロマンがあります。
僕も、探索に向かったことがあります。勿論行き着くことは出来ませんでした(船の出航ギリギリまで探索していて時間切れ)。
海に切れ落ちる断崖の手前の平坦な丘に、数株の移植が成されていました。丘と言えども、そこに到達するには、なかなかにハードで、道はなく、匍匐するリュウキュウチクが生い茂った中を、まるでハイマツ群落を分け進むように、苦労して移植株の植えられた場所に辿り着きました。
でもこ こで写真を写してしまえば、本当の野生株探索の意欲が薄らぐことが懸念されます。躊躇した末、敢えて撮影はせずに引き返しました。今考えれば、勿体ない事をしたと、後悔しきりではあります。
ヤマユリ 東京都青梅市Jul.10,2021
ヤマユリ 東京都青梅市Jul.17,2021
ヤマユリ 東京都青梅市Jul.18,2021
ヤマユリ 鎌倉市
ヤマユリ 群馬県奥利根湯ノ小屋 Jul.25,1985
ヤマユリ 山梨県甲武信岳西沢 Jul.31,2002
ヒメサユリ 山形県飯豊山 Jul.31,2001
ササユリ 広島県芸北町Jul.9.1992
ササユリ 島根県天狗石山 Jul.7,1994
カノコユリ(栽培)