青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

一将功成りて万骨枯る

2024-05-20 16:48:44 | 雑記 報告


ユリ科(狭義)がやっと終了し、このあと、ハマウツボ科(メインはシオガマギク属)をはじめようと思っているのですが、、、。

APG分類に拠って、植物界有数のメジャー・ファミリーから、一気に弱小ファミリーに相成った(狭義の)ユリ科とは対照的に、全くの弱小ファミリーだったハマウツボ科は、(旧クマツヅラ科の多くの種との併合によって)メジャー・ファミリーと化してしまいました。中国産シオガマギク属だけでも、ユリ属の10倍ほどの数100種、僕の写真だけでも70~80種あるのです。それをどのように紹介していくか、それを思うと頭が痛い。スタートを、ちょっと躊躇しています。

いずれにせよ、次回からは、生物の話題に限定して紹介していきたい、と考えています。人間社会絡みの話題(「大谷と白鵬」など)は、「社会の窓から」のほうで行っていきたいと考えていますので、そちらへの訪問もよろしくお願いします。

「いい日、朝立ち」 “Good day. Leaving in the early morning to a strange country, far away,,,,,” - 社会の窓から (hatenablog.com)

といって、ブログを管理してくれているコンデンスミルク三世のほうも、いろいろと困難に直面し続けている現状(現在日本各地を放浪中)なので、スムーズに進まないかも知れません。時折、こちらの方に記事を載せることもあるかと思います(今回の記事も重複掲載しておきます)。



↓こちらのほうもよろしくお願いします。

ギリシャでプライベートツアーやゲストハウスをしたりなブログ (ameblo.jp)



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最初に断っておきます。僕は大谷君の大ファンです。毎日、彼の活躍に一喜一憂しています。今年は三冠王のチャンス、それどころか、もしかしたら夢の4割打者、ホームラン80本だって、荒唐無稽とは言えないかも知れない、来年はサイヤングも、、、夢はとめどもなく膨らんでいきます。

その前提で、以下“大谷批判”を展開していきます。

水原一平氏の違法賭博・窃盗事件、大谷君は100%無関係(全面的被害者)、ということになっています。異論をさしはさめば、有無を言わさず人間性を断罪されます(マスク・ワクチンの同調圧力が、そのまま乗り移ってきた感じです)。

日本の、あるいは民主主義・資本主義社会の構造は、自分たちに都合の悪い話は全て「陰謀論」で排除してしまう、と言うところに顕著に表れています。正義の敵は悪ですね。



昨日トップに挙げたニュース、フレッチャー選手であることに、大きな意味があります。エンゼルス時代、たぶん日本人に最も人気があった選手。大谷の友達だから、です。いや正確には、日本人大衆(メディアが介在)により「大谷の親友」と“勝手にされていた”。

しかし、問題の「主語」は、フレッチャーではなく、彼の偶像を作り出した日本人大衆(およびメディア)にあります。



暫く前にレンヒホー選手の話題を書きました。ちなみにその翌日、規定打席数に到達して、突如、打撃成績3位に登場した。しかし日本のメディアは一言も報道しません(結構エンゼルス絡みの話題は出て来るにも関わらず)。

喜んでいたら、翌日また消えてしまった。どうやら試合に出場していないのです。絶好調なのに何で?と思ったのですが、ウイルス感染で10日間故障者リストに入っていたのです。

昨日、10日ぶりに出場。延長13回の投手戦(結果はナオエ)で、ヒーホーも6打数ノーヒットでした。それでも余裕で3割を維持しているので、今は1打席でも多く打席に立つことが最優先事項ですから、十分に意義があったと思います(今日は決勝の三塁打を放ちました、ちなみに大谷君も4年ぶりのさよならヒット)。

大谷がエンゼルスに入団して以来の同僚、ここ数年間では、大谷に次いでコンスタントな成績を残しています。まだ27歳だし、将来の伸び代もあります(内外野守れる左右両打のユータリティプレイヤーなのでエンゼルスはなかなか離さない)。

しかし、彼の話題が日本のマスコミに取り上げられることはほとんどありません。小柄で黒人(ベネズエラ人)で髭もじゃで、いわゆるエリート選手ではない。日本のプロ野球でもそうですが、大リーグに於いても(日本の視点からは)プロは実力、と言うわけではないのです。タレントですね。“空気”によって作り上げられた虚像が、一人歩きしていく。



で、結果として(ドジャースのベッツぐらい圧倒的成績の選手は別とすれば)実績は大したことなくても、いかにも日本の大衆受けする、スマートで甘いマスクのイケメン選手が、勝手に“大谷の親友”として祭り上げられることになります。過剰に持て囃される。

フレッチャー、イグレシアス(白人打者のほう)、、、、、ある意味、水原一平氏も。

そして、その3人が、いずれも今回の違法賭博に絡んでいる、という皮肉。

WBC(僕は、胡散臭さの極致、ひいては大衆を戦争高揚に導くプロパガンダの一種だと思っています、それについては改めて)の準主役たち、正義の味方が一転、池に落ちて叩かれまくって、(山川、一平、フレッチャーと)登場人物がどんどん消されて、継ぎ接ぎだらけの画像になり果てる喜劇。



大谷信者(大多数の日本人大衆)は言います。

>一平もフレッチャーも以前は大谷の友達だったけれど、今は友達ではない。彼らは悪人で、大谷は彼らに騙された100%被害者、全く無関係で、法的にも罪が無い事を証明されている。

>大谷は彼ら悪人たちとは次元が違う世界にいる。悪い友達の誘いなど頭から無視して、野球の事だけにひたすら取り組んでいる、完璧な人格者。

それはそうだと思います。

しかし、だからこそ、言います。

彼の生き方は間違っている。



崇拝信者たちは、少しでも大谷に批判めいたことを言うと、露骨に上から目線で(まるで汚いものにでも対するように)威圧してきます。ストイックに、わき目も振らずに野球道に邁進している、完全無欠な人格者に対して、失礼極まりない、と。

回りが何をしていようが、大谷は無関心、一切関わっていない。

そのこと自体が問題の根源なのですね。

関わっていない(“見て見ぬふり”も含めて)、ということは、果たして称賛すべき事なのでしょうか。

しかも“発端”は、大谷君にあるのです。大谷(という巨額の富を動かすトリックスター)がいなければ、起こらなかった(ここに登場する“悪人”たちもターゲットにされて罠に嵌ることはなかった)。

ごく身近な(世話になりまくっている)回りの人々が、(自己責任ではあっても)様々な形での悪戦苦闘を強いられている。

非合法悪人は、そこを狙ってくるわけですね。

直接大谷君をターゲットに定めるのではなく、彼の近くにいる、立場や意思の弱い人達を誘惑して切り崩そうとする。(実は、大谷本人だって、合法的資本主義社会から直接付け込まれているのですが)。

そして、弱い人達は、まんまと誘惑に乗って切り崩される。自己責任。大谷君はノータッチなので、無関心を通す。



しかし、大谷君自身は全く“法に触れる”悪いことはしていなくても、いやしていないからこそ、結果として彼の存在によって、かき回されている人たちが、身近に大勢生み出されるのです。

自分のやりたいことを貫き通す、他の事には一切無関心、世間通俗とは別次元にある、、、それが本当に高潔な事なのでしょうか。

それを言えば、僕だって全く同じなんですよね(笑)。

酒・煙草・ギャンブル・薬・女遊び・金儲け、、、全く興味なし、ファッションやグルメとかにも無頓着、旅に出ても街の中を出歩くことなど滅多にない。

大谷君は、誰よりも早いボールを投げ、誰よりもバットでボールを遠くにかっ飛ばし、そのことに全力を挙げている(成果を残していることで皆に称賛されている)。

僕は、日本、アジア、ひいては地球に生きる、それぞれの生物の本質と互いの相関を知るために、全力を尽くしている(ほとんど誰も評価してくれませんが)。

どっちが尊くどっちが卑しいということではないと思うのですが、大谷君の行動は、世の中に膨大な経済効果を齎すのですね。それによって社会(大衆)が恩恵を受ける。その次元で「優劣」を考えれば、僕のほうは丸っきり社会に貢献していないので(でも人類の未来には貢献していると信じています)、勝負は明白です。



大谷君の収入1000億に対し、一平氏は、数百・千分の一の収入だと思います。絶妙の通訳、身の回りの世話、対外的な交渉、、、大谷君の“速いボールを投げて遠くにかっ飛ばす”ことと、優るとも劣らない業績だと思うのですけれど、直接的な評価は、天と地の差です。理不尽ではあっても、仕方がない。

大谷君は、自分の道を全力で邁進する、その事だけに集中して、それ以外の事には一切無関心。それが何故“高潔”とされるのでしょうか? 単に(吉井コーチの言うように)“ジャイアン”に過ぎないのではないかと(必ずしもそれが悪い事だとは思わないけれど、褒め称えられることでもない)。



“一将功成りて万骨枯る”



そもそも、契約金の1000億円は、見方に拠れば「はした金」です。世の中、大谷君を巡って、とんでもない巨額な金が動いているのです(のみならず結果として民族意識高揚にも繋がっている)。大谷君が稼いでいるわけではありません、世の中(の空気)が、大谷君に稼がせているのです。そこには巨大な組織が存在します。そしてその組織の裏にいるのは、、、大衆です。

大谷君が、「お金に無頓着」ということに対して、世間は褒め称えます。でも、光の当て方を変えれば、(お金に対して)「無責任極まりない」、と言い換えることもできます。

日々お金に苦労している貧乏人(彼らが貧乏なのは必ずしも努力が足りないわけではないと思います、置かれた環境、稼ぐ手段の選択結果、、、)からすれば、とんでもない浪費、見方に拠れば、気まぐれにお金をばらまいているようにも思えても不思議ではありません。

大衆の“空気”によって“健全”“美徳”と認定されているのに過ぎないのです(“不健全”だと認定された人は切り捨てられる)。



これほどの金と人を、ドロドロの世界に巻き込んでしまっている責任の所在は大谷君にあります(正確には、その半ば虚実の舞台を拵えている資本主義社会と大衆ですが)。

大谷君に気骨があるならば、自ら泥の中に手を突っ込んで、崇拝信者にダメ出しをして欲しい、と望んでいる次第です。







コメント
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