ムックリとむっくり起きるひとりごと
アイヌアートプロジェクト総勢11名のスタッフと、ライブ終了後、代表結城幸司さんの奥様シホさん(ムックリ奏者)と会食談笑。
「シホさん・・・さっきのムックリの演奏のリズムが私には、どうしても、般若心経のようにしか聞こえなかったんたんだけど?」
「えええ・・わーあ・・うれし・・い!私・・実は・・お経大好きなんです。」
「そうだから・・そうなったのかな?・・もしかして・・お経のリズムがムックリのリズムを真似たかもしれないね?・・・」
「そんな感想言ってくれたのは、初めて!うれしい・・・。ムックリをひくときはまったく自分の世界に入り込んでいるから・・・」
シホさんのムックリから、かんじーざいぼーさつ ぎょうじんはんにゃー・・・なんたーら・・こんたーらぎゃーてーぎゃーてーはーらー・・なんたーら・・と、どうしても音律が似ているのは、
新発見。
何かで、検証できないものかな?
北海道のアイヌの先住権問題や、文化研究は過去に金田一京助氏の日本語を通じて避けては通れないことくらいしかの認識しか無い私ではあります。
「民族」問題というのは、そう簡単に個人が立ち入ることは難しいこと位、過去にも痛いほど経験ずみ、の、ずみのずみ。
「あなたはわたしになれるか?わたしはあなたになれるか?」という特異な文化的な大きな壁があるからです。(戦争の被害者・加害者の国家が立ちはだかる壁)
だから、安易に「アイヌリスト」には、なることは出来ません。
ただ、ひとつかれらと融合できるのは「生きて死んでいく人間同士やねん。」の
同じこの世に存在する「いのち」とどう向き合うか・・・なのかな。
人間は生きているといろいろな、国の方々との一期一会があります。
中でも、私が20歳のころ、所用を終え滋賀県大津市に立ち寄った時のエピソードです。
「日本に戦争で北朝鮮から強制連行された父が住んでいるので、ついでに逢ってきて欲しい」と、頼まれ友人とそのご両親を訪ねました。
友人の在日(北朝鮮籍)のお父さんは10本の手指のうち、4本の指が第二関節からありません。(切断されている)
生まれて始めて、その両手に出会ったとき「せっかく訪ねてくれたのだから」と、お知り合いの在日のお店をあちこち連れて行っていただきました。
「その指は?」と、聞くまでもないことではありました。
戦争という狂った国家主義が人間を狂わせ、弱い立場にあるものへ虐待をするのは人間の教養のなさに他ありません。
同じ、戦争時代の兵隊さんでも「そんなことをしてはいけない・・」と思っていた人はおおぜいいたはずです。
この指を、切り落とした兵隊さんは、生涯心の傷が癒えることはなかったことでしょう。
「戦争は勝った国が被害者で、負けた国が加害者なのだ・・・」の言葉が浮かびます。
琵琶湖の近くのそこの町中が、在日の方々のエリアであるようなたたずまいでした。
その光景が、わたしにとっては、大ショックだったのです。
飛び交うハングル語、日本語。差し出される韓国料理。
当時見たことも食べたこともない経験の中で、どうしても韓国料理が口に入れられず、吐きそうになって早々においとまさせていただいたのです。
(今考えると・・・無教養な恥ずべき若気のいたりです。)
たったこれだけの体験は、わたしをキムチ嫌いにさせ、臭いさえも嗅ぐことが出来なくさせました。
キムチがやっと食べれるようになったのは、それから25年もかかりました。
戦争って何だろう
日本と北朝鮮の近くて遠すぎる問題意識の門に入門したのです。
あれから、何十年たったのだろうか?
いつも、政治は審美にから遠くいる。なぜ?
アイヌ民族も在日コリアンもが政治的に虐げられている理由はたった一つ。
たったひとつ
「歴史上で戦争に負けたからです。」
北海道上の国の当時の城主が、アイヌの酋長をだまして、毒殺したことから端を発しています。
コシャマインの乱です。
たったこれだけの理由で、子々孫々までその身分を政治的に差別を受けなければいけないということは、たったこのことにさえ「頭をかすめる良心」がないからに他ありません。
日本のアイヌの方々が先住民族と国会で決議されましたが、サミット用の面目躍如に他ありません。その後を見守りたいものです。
アイヌの歴史的ポジショニングは国家の無知。
国家の歴史の根源さえも塗り替えなければいけないことに、恐々としているのです。
まったくのお馬鹿さんです。やりきれないお馬鹿さんです。
早く歴史認識を正しきものにしなければ、
「歴史というものは、誰もその時代に住んで今の時代に残っている人などいないのだから、歴史はいつもその時代の検証において塗り替えられても当然というお役所のやわらかい頭脳が欲しい!」
歴史は常に軌道修正していかないと、日本人の根っこがいつまで経っても・・・
見えないでは・・・賢くはない!
自分たちの先住民族さえ、大切に出来ない文化水準の低い国に未来があるのでしょうか?
川柳北海道ha川柳北海道
アイヌアートプロジェクト総勢11名のスタッフと、ライブ終了後、代表結城幸司さんの奥様シホさん(ムックリ奏者)と会食談笑。
「シホさん・・・さっきのムックリの演奏のリズムが私には、どうしても、般若心経のようにしか聞こえなかったんたんだけど?」
「えええ・・わーあ・・うれし・・い!私・・実は・・お経大好きなんです。」
「そうだから・・そうなったのかな?・・もしかして・・お経のリズムがムックリのリズムを真似たかもしれないね?・・・」
「そんな感想言ってくれたのは、初めて!うれしい・・・。ムックリをひくときはまったく自分の世界に入り込んでいるから・・・」
シホさんのムックリから、かんじーざいぼーさつ ぎょうじんはんにゃー・・・なんたーら・・こんたーらぎゃーてーぎゃーてーはーらー・・なんたーら・・と、どうしても音律が似ているのは、
新発見。
何かで、検証できないものかな?
北海道のアイヌの先住権問題や、文化研究は過去に金田一京助氏の日本語を通じて避けては通れないことくらいしかの認識しか無い私ではあります。
「民族」問題というのは、そう簡単に個人が立ち入ることは難しいこと位、過去にも痛いほど経験ずみ、の、ずみのずみ。
「あなたはわたしになれるか?わたしはあなたになれるか?」という特異な文化的な大きな壁があるからです。(戦争の被害者・加害者の国家が立ちはだかる壁)
だから、安易に「アイヌリスト」には、なることは出来ません。
ただ、ひとつかれらと融合できるのは「生きて死んでいく人間同士やねん。」の
同じこの世に存在する「いのち」とどう向き合うか・・・なのかな。
人間は生きているといろいろな、国の方々との一期一会があります。
中でも、私が20歳のころ、所用を終え滋賀県大津市に立ち寄った時のエピソードです。
「日本に戦争で北朝鮮から強制連行された父が住んでいるので、ついでに逢ってきて欲しい」と、頼まれ友人とそのご両親を訪ねました。
友人の在日(北朝鮮籍)のお父さんは10本の手指のうち、4本の指が第二関節からありません。(切断されている)
生まれて始めて、その両手に出会ったとき「せっかく訪ねてくれたのだから」と、お知り合いの在日のお店をあちこち連れて行っていただきました。
「その指は?」と、聞くまでもないことではありました。
戦争という狂った国家主義が人間を狂わせ、弱い立場にあるものへ虐待をするのは人間の教養のなさに他ありません。
同じ、戦争時代の兵隊さんでも「そんなことをしてはいけない・・」と思っていた人はおおぜいいたはずです。
この指を、切り落とした兵隊さんは、生涯心の傷が癒えることはなかったことでしょう。
「戦争は勝った国が被害者で、負けた国が加害者なのだ・・・」の言葉が浮かびます。
琵琶湖の近くのそこの町中が、在日の方々のエリアであるようなたたずまいでした。
その光景が、わたしにとっては、大ショックだったのです。
飛び交うハングル語、日本語。差し出される韓国料理。
当時見たことも食べたこともない経験の中で、どうしても韓国料理が口に入れられず、吐きそうになって早々においとまさせていただいたのです。
(今考えると・・・無教養な恥ずべき若気のいたりです。)
たったこれだけの体験は、わたしをキムチ嫌いにさせ、臭いさえも嗅ぐことが出来なくさせました。
キムチがやっと食べれるようになったのは、それから25年もかかりました。
戦争って何だろう
日本と北朝鮮の近くて遠すぎる問題意識の門に入門したのです。
あれから、何十年たったのだろうか?
いつも、政治は審美にから遠くいる。なぜ?
アイヌ民族も在日コリアンもが政治的に虐げられている理由はたった一つ。
たったひとつ
「歴史上で戦争に負けたからです。」
北海道上の国の当時の城主が、アイヌの酋長をだまして、毒殺したことから端を発しています。
コシャマインの乱です。
たったこれだけの理由で、子々孫々までその身分を政治的に差別を受けなければいけないということは、たったこのことにさえ「頭をかすめる良心」がないからに他ありません。
日本のアイヌの方々が先住民族と国会で決議されましたが、サミット用の面目躍如に他ありません。その後を見守りたいものです。
アイヌの歴史的ポジショニングは国家の無知。
国家の歴史の根源さえも塗り替えなければいけないことに、恐々としているのです。
まったくのお馬鹿さんです。やりきれないお馬鹿さんです。
早く歴史認識を正しきものにしなければ、
「歴史というものは、誰もその時代に住んで今の時代に残っている人などいないのだから、歴史はいつもその時代の検証において塗り替えられても当然というお役所のやわらかい頭脳が欲しい!」
歴史は常に軌道修正していかないと、日本人の根っこがいつまで経っても・・・
見えないでは・・・賢くはない!
自分たちの先住民族さえ、大切に出来ない文化水準の低い国に未来があるのでしょうか?
川柳北海道ha川柳北海道