アイヌ(人間という意味)の歴史 ⑨
こうした動きは戦争で中断されるが、太平洋戦争で天皇制帝国主義が崩壊すると、再びアイヌ解放運動の機運が高まる。世界五大叙事詩のひとつであるともされるアイヌのユーカラも筆録(「金成まつユーカラ集」など)され、人類の貴重な文化遺産はかろうじて「撲滅」を免れた。
さて、時代を少し遡る。
アイヌがクナシリ・メナシの戦いで最後の抵抗を示していたころ、同じような先住民に対する迫害が18世紀のオーストラリアでも始まる。1788年、1044人(大半は流刑囚)の乗ったイギリス船団がオーストラリアに到着、先住民であるアボリジニの土地への侵略と徹底した迫害を白人たちが開始したのだ。
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ちょうど和人がアイヌに対してやったように、白人入植者たちはアボリジニを「野蛮人」(本当は白人こそ野蛮人であった)と見下し、抵抗するものは虐殺しながら、入植地を増やしていく。白人が持ち込んだ天然痘のような病気や梅毒によってもアボリジニの人口は激減した。
インディアン、アボリジニ、アイヌといった誇り高き民族がこのころ、地球上で相次いで迫害、虐殺されていたわけだ。
現在、北方領土問題で日本政府は「北方四島はわれわれ日本人の祖先が開拓したわが国固有の領土」などと称しているが、アイヌの歴史を知っているなら、北方領土がアイヌのものであり、つい二〇〇数十年ほど前に和人が侵略、強奪した島であることを認めざるをえないだろう。真実の歴史を直視する能力があるなら、北方四島はアイヌにこそ返されるべきである。
ブリタニカ大百科事典より
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