周囲に栗縁を付けた定形の神額でないものを選んでみました。小さな神社や、拝殿内部に飾られる額に多いようです。
吉田神社(六反田749)
「吉田大明神」と書かれた神額で、明治15年とあります。明治維新でも神仏習合が否定されていて、明神という名称は使いづらかったはずですが、地元の人たちはそれを捨てきれなかったのでしょうか。
吉田神社(吉沼町157)
拝殿内部にかけられていました。水戸徳川家12代宗敬(むねたか)の筆になるようです。この人の奥さんが徳川幹子(もとこ)です。
市杵姫神社(本町1-6-17)
祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)だそうですが、通称を市杵姫命というそうで、この神社も普通は市杵姫神社と言われているようです。「いちき」は「斎き」の意味のようですが、「市」に通じるので、市神としてもまつられたようです。
香取神社(大串町496)
拝殿内部にかけられた神額です。書いたのも刻んだのも同じ人のようです。
千波神社(千波町503)
戦捷記念とありますので、日清か日露戦争のときに奉納されたものなのでしょうか。板の両側に補強の棒が取りつけられています。
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