寿美花代、高島忠雄夫妻、長男の死、政伸の結婚の悲劇

2013-06-20 15:00:00 | ニュース
 なにやら番組で放送するみたいですね。

 昔のことなので判りませんが、ご長男の死について話すというのは珍しいことではないでしょうか。

 当時、寿美さんの熱狂的だった孤児院育ちの17歳の娘がこの家にお手伝いとして入るのですが、とても可愛がってもらっていた。そしてそこへ夫妻の間に第1子となる道夫ちゃんが生まれるわけですが、そこから彼女の不安が始まる。

 夫妻の愛情が子どもに言ってしまうんじゃないか、そう思って生後5か月の子を浴槽の中に沈めて殺してしまった。

 きっかけは海外旅行か何かに行ったおりの自分へのお土産がなかったとかそんな風に伝えられています。

 しかし、あれから50年近く経つのに寿美さんはまだお風呂に入れないという。シャワーで済ますという。

 これは普通の家庭でもある話で、誰かがお風呂場で亡くなった場合、もう入れなくなるそうです。

 長い間に水に浮いているとふやけて、それを見てしまうと…とても入れなくなるそうです。
 

 どうも寿美さんが発見されたようですね。そうでなくても子どもが死んだら辛いのに、それをそんな形で発見する。しかも家にいるお手伝いさんが犯人だった…。

 地獄ですね。


 そのあとも半都市伝説化してますが、未成年だったこともあり、刑が軽かったのか、普通に結婚して普通の生活をその犯人の女性は営んでいるようです。そして怖いのが、その女性が、大きくなった政伸氏に接触したらしいこと。

 突然声をかけてきて、お兄さんを殺したのは自分だと言ったとか言わないとか。

 もちろん本人かどうか判りません。誰かのいたずらだったのかもしれないし、この話自体が嘘かもしれない。

 それにしても…というむごさだ。

 その政伸氏は呪われたように、泥沼離婚に突入していくし…。

 このときも寿美さんは全身に帯状疱疹ができたそうです。

 これ辛いですよ。本当にひどいと入院になります。着るものも選びます。真冬でも肌と衣服の間に空気を入れないといけないから、綿100%の服が望まれる。それも下着から。

 本当、辛いらしいです。


 大体PCで道夫ちゃん事件で検索するとこの寿美さん一家の話が出てきてしまいますが、違う道夫ちゃん事件というのもあります。

 こちらは古すぎて、PCではほとんど出てこないけど、やはり、一世を風靡した元有名コカイン疑惑社長の家でも生後3か月の息子を母自ら殺してしまったという事件もあります。

 こちらも道夫ちゃんなんですね。

 これ、伏字満載でいつか書きたいんですけどね…。

エンジェル・ハート シティーハンター復活篇 第24話 鼓動と共に……

2013-06-20 12:30:00 | ドラマ/映画/ドキュメンタリー
 コードネーム、グラスハート。
 人を殺す度、心が痛んだ。だから自らを殺した。

 しかし彼女は新しい心臓を与えられ、その心臓の持ち主香に導かれ、新宿に戻ってきた。

 そして遼との出会い。

 彼もかつて忘れていた人間に返してくれた街。新宿。そこでグラスハートも今はシャンインとしてシティ―ハンターをしている。

 シティーハンターの仕事は戸惑った。引き金を引けば終わる。そんな単純なことじゃなかったから。

 でも、依頼してくる人の笑顔を守りたい…。いつかは遼パパと香ママのようになりたい。
 それがシャンインの今の思いだ。

 遼パパが何故シティ―ハンターになったか香ママが教えてくれた。ここへ来るまでの遼パパはシャンインと同じだった。

 そして今までのことを改装するシャンイン。

 夢との再会。それを乗り越えられたのは、みんながいたから。

 私はシャンイン。この街に生きるシティーハンター。

 
 
 ということで、思いがけず、今回は全て回想シーンになってしまったので、書くことがあまりありません。

 というわけでもないんだけど、かつてのシティーハンター時代、アニメであった私のとても記憶に残るエピソードを少し書きます。

 遼は3歳くらいの頃、両親と飛行機に乗っていてそれが、山か森に墜落してたまたま生き残ってしまった。
 そこで生き抜いていくため、傭兵としての訓練を受けて育つ。

 それが今の彼のシティーハンターとしての腕前を作ることになった。

 それが滅茶苦茶悲しくてね。

 生きてこられてよかったのかもしれない。知れないけどその間、どれほどつらい人生を送っていたのかと思うとやはり胸が痛むエピソードだ。

 それを書ける作者は凄いと思う。


 そんなこと思った記憶がある。


 さて、次回とは出てましたが、さて次回があるのか、また謎です。

 あった時、またこの時間にお会いしましょう。

 XYZ

みんな、みんなありがとう

2013-06-20 01:37:43 | 日記風
 今日、ちょっと褒められた。嬉しかった。
 素直じゃなくてなかなか信用しないタイプではあるけど、こんな遠くまで来れば素直にもなるさ。



 ちょっと面白くない話になりますが、少し前に嫌がらせをされているという話を書きました。


 私と比べるべくもない話しですが、かの美空ひばりさんも子どもの頃から大人のような歌を歌い、子どもがあんな歌を歌うなんて…と批評家から叩かれたことがあるそうです。

 そのときお母さんがそういう記事を大事にして、それに勝てと励ましたという話があります。

 意外とそういう批判された記事を支えに頑張ったというアーティストの話は多い。


 だけど、私の場合は、ブログに、テキトーな名前で書きこまれ、それから数日して、違う人の名前で、そういうコメントを支えにするもんだと書かれてもね…。

 もう、書いた本人がわざわざ名前を変えて書きこんでいるとしか思えない。

 しかも数日置いて、そういうものがあったということが前提として書かれているんだから。


 馬鹿でも気付くって。


 新聞等に載せられるものは誰が書いたときちんと名前を出して批評している。

 しかしブログはその度名前を代えればいいだけのこと。


 どんな根拠がそこにありますか?何故そんなことを言われなければなりませんか?と思います。


 やはり、褒める所は褒め叱る所は叱る。この根底にあるのは、信頼関係ではないかと思います。


 そして、本来、こういう話を書くつもりはなかったのですが、あの頃、親が入院するかもしれないというイライラ状態が私自身続いていた最中で、体調まで崩している中で、更にわけの判らないことを言われイライラにイライラが募って爆発したというのが、あの記事を書いた頃の現状でした。

 幸い親はどうにかなりましたが…。


 だから今日は嬉しかったのです。

 自分の欠点を改めて考え、どういう風にすべきか教えていただいた。そんな気がします。