大阪水曜ほっと集談会一世です。
ここのところ本当に予期せぬことが続き疲労困憊の私です。
人間とは弱いものですね。
普段は迷信やスピリチュアルを信じない私ですが、余りに辛いことが続くので勧められて還暦の厄払いに行ってきました。
地元で1200年以上続く由緒ある有名な厄除け神社です。
樹齢1000年以上の御神木に囲まれた石畳の長い参道を歩くとひんやりとした空気を感じます。
※霊験あらたかとはこのようなことを言うのでしょうか。
平日の昼間ということもあり参拝者は私のみです。
白髪の落ち着いた宮司さんによる厳かな祝詞(のりと)に静かに頭を垂れた私でした。
その瞬間です!
宮司さんの奥さんのスマホのけたたましい着信音が鳴り響きました。
おまけにおしゃべりが延々と続きます。
どないしてくれるねん、この空気!
思わず、喝を入れられたように現実に引き戻された私でした。
それでも玉串料をしっかりお支払いして神社を後にして、思わず笑ってしまいました。
「悲劇の主人公のような顔をするな一世」と万(よろず)の神様に言われたような気がしました。
人生における悲劇は一面喜劇の要素も兼ね備えている。
どの面を見て切り取るか、それは私たち次第である。
世間では神経質やなと言われると細かいことにこだわり、とかくネガティブなイメージが付きまとう。
しかし集談会では見るからに神経質であると思う方は少ない。
どちらかというとユーモアもあり穏やかな印象である。
私なども普段は明るい性格と言われることも多い。
森田先生は神経質者は優秀であると、とらわれのメカニズムを解明し神経質性格の良い面に着目された。
最後にチャールズチャップリンの言葉をお届けしたい。
「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」
少しだけこころが軽くなったような気がした私です。
2022・4・2 一世
※霊験とは神仏などに祈ることによって、人の力を超えた不思議な効果・御利益が得られること。
「霊験あらたか」は、それが著しいこと、顕著なこと。