goo blog サービス終了のお知らせ 

浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

得るものも失うものも無き我れに
何を恐れん我れ神の中

「講演集」より。

2014-11-06 00:56:04 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

        恩師のご著書「講演集」より


              講演集、 二


      出せば入る法則――原因結果の法則


先の続き・・・

ただ、正しい正法を知らない間は、その種が幸せの種か、
不幸せの種かが分からないのです。
盗みをしたり、人を泣かせたりすれば、
これが悪い種ということは分かりますが、
自分の心の作用の種には気が付かないのです。
その種は、
自分の心を苦しめた時に必ず苦しみの実りが現れるということです。
悪い行為はもちろんいけません。

今笑っていた人が瞬間に激怒するとか腹を立てて、
「怒らな損損」といって、怒っている人がありますが、
あれは毎日毎日怒るたびに不幸の種を播いているのです。
又、愚痴ばかり言っている人がありますね。
あれなども愚痴を言ったぐらいで不幸にならないと思っているのですが、
それが不幸になっていきます。
まさかと思う人の悪口についても、
「悪口を言うのはあいつが悪いから言っているのだ。
そんなことで不幸になるものか」と思いますが、
しかしいけません。

悪口を言う時「ここだけの話しですよ」と言うと、
もうすぐ向こうに聞こえています。
悪口ほど早く通じるものもありません。
「内緒やで・・・」と言えば言うほど、余計に人はしゃべりたいのです。
その結果、自分の心の中に大きな荷物を背負うことになります。
又、謗りですね。
もちろん恨んでもいけません。
もっといけないのは人を呪うことです。

夜中にカーンカーンと釘を打つ、あれは最も罪深いことです。
人を不幸にして自分が幸せになれるはずがありません。
それが分からないから、
「あいつが憎いから人形の心臓に釘を打ってやろう」呪うのですが、
これは遠い昔の物語かと思いましたら、そうではなくて、
今日はお見えになっていませんけど、神戸の方の現実のお話です。


         ~ 感謝・合掌 ~





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする