浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

肉体の限度にいどみ人救う
愛の行い我が内の神

「講演集」より。

2014-12-19 01:17:30 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

        恩師のご著書「講演集」より


         講演集、 二


    東京・沖縄講演のお土産話――懺悔と告白


私たちは具体的にどのように修業すれがよいか

この勉強の場所も、他力の場所ではありません。
私などに頼っていないで、各自が自分の心に目覚めて、
よき行いをもっていただきましたら、その時神の御業はどなたの上にも現れます。
他の方に頼り、救われる側に立っていてはいけません。
自らを救う、救わせてほしいという想念、行為、言葉が揃った時、
私たちは神の御子として、或いは仏の御子として、
肉体を持ちながら求めることなく与えられるのです。
「私のような者にはできないだろう」とは決して思わないように、
日々の生活でまず家庭の中の調和をはかって下さい。
調和とは、難しいことですけれども、妙なる調べ、バランスのことですね。
あのヤジロベエを思い出して下さい。

心の中にバランスをとりましたら、糸の上に乗せても、
危険な針の上に乗せても、落ちないです。
私たちの人生において、調整、バランスをとれば、
どうにもならないという時にも、絶対に崩れることなしに生きていけます。
大調和こそ大切であると学んできましたけれど、それはどちらにも偏らない
バランスのことです。
日々の生活でまず一番大切なことは、自分の心の安定です。
自分自身をほんとうに安定させることができますと、今度は周りが安定してきます。
それは、神の心に目覚め、「させていただかなくてはいけない、
他を許さなくてはいけない、どんなことがあっても許さなくてはいけない」という、
神の御心に沿うからです。
神は一切の差別をなさいません。

高橋信次先生がよくお話下さいました。
神の御心を知りたければあの太陽を見なさい、と。
太陽は、自らの身を燃焼させ、自らの身を燃え上がらせ、自らの身を犠牲にして、
その結果として現れるエネルギー、熱と光を他に与え給います。
この熱と光こそ、神の慈悲と愛です。
太陽の姿から神の御心を知り、そして神の御心を知らせていただいたら、
今度は自分がその心をわが心にいただいて実践したらいいのです。
太陽は裁きをなさいません。
どれ程私たちが罪深いことをしておりましても、どれ程過ちを犯しましても、
太陽そのものに対して悪口雑言を言いましても、罰が当たった例はございません。
神とはそのような方です。
ほんとうのゴッドの神とはそういうお方です。
では、私たちも太陽の姿同様に人を裁いてはなりません。
人の過ちを責めたり、お前が悪からこうなったのだと人を裁いたりすることは許されません。
健康、不健康、富める人、貧しい人、地位のある人ない人、
太陽はそれらを一切差別なさらず、すべてに平等に熱と光を与え給います。
その中から学び、私たちはわが行いとして行じたらいいのですね。


            ~ 感謝・合掌 ~



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