浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

父母に大恩受けし我なるに
報いきれなき我が身悲しも

「御垂訓」

2018-08-17 09:26:46 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―1

主題:苦しみは自分の心の中から生まれる

 
先の続き・・・

どうすれば都合の良い自分になれるかと言いますと、
尽くすことです。
とにかく、精一杯心から尽くすことです。
相手にどう思われようと、
どうされようともひたすら尽くすことです。
相手の立場を思いやることも必要でしょう。
もし自分が相手の立場なら今、何が必要なのか、
どうしてほしいのか、
親身になって考えてみることも必要です。

決して親切の押し売りではいけません。
それはかえって相手を不愉快にさせ、
悪い出会いになるでしょう。
尽くすというのは、してやるという心ではありません。
させて頂くという心です。
そうすれば、相手の方は必ずこの人は必要な人だ
大事な人だと思うようなってくるのです。
その時にはもう出会いは素晴らしものになっています。
幸福な出会いです。

こうして考えれば出会いの中で生まれる不幸も幸福も
みんな自分の心の中にあるものです。
以前お話しましたが、昔の日本では一人前の
人間になることは人にとって頼もしい人間になることだと
教えた時代があったのです。
鎌倉時代のことです。
これが幸福な出会いを生むことになるのを
無意識のうちにも昔の人は知っていたのでしょう。
人に頼もしいと思われるためには、
誠心誠意尽くすことです。
その時、必ず周囲から自分も尽くしていただけます。


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「御垂訓」

2018-08-17 00:02:46 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

   ~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~


      講演 四
 
高橋信次先生のご縁にふれて、昭和五十年秋に、
初めて皆さんの前でお話させてもらいましてから、
はや十三年過ぎてしまいました。
ずっと心の安らぎを求め、
自分の心が日々の中でいかに安らかな生活ができるかを
追い求めています。
日々の生活の中で、まだまだ完成されるところまでは
いけません。

完成された方はもうこの地上に生まれる必要は
ないそうです。
すべてが過ちを犯し、罪を作り、
過ちを犯すことによって、
過ちを犯していない方はどんなに楽だろうなあ、
罪のない方はどんなに幸せだろうなあということを
学んでいきます。
罪は本来ないものです。
それは悔い改めた時、みな消えていきます。
イエスは「悔い改めよ、汝の罪は許されたり」と
いわれます。

こうして学ばせていただくのですが、
この世に生きさせてもらいますと、
いろいろな方との出会いがあり、
そこに出来事が始まります。
この世において、親子の仲がすばらしく、
「ああ、この子はいい子だ。
もう一度自分の子になって欲しい。
この子は良くしてくれたから、
また次の世でもいっしょに学びたい」という
お互いの思いがありますと、
親子の縁を再び頂くことができます。
夫婦の場合も同じことです。

今、心の勉強会をしていますが、
何も難しいものではありません。
日々の生活でどれだけ自分の心を苦しめないか、
いろいろな出来事に出会って心を苦しめる時に、
どのようにして心の切り替えをしていくか、
いかにして苦しみを喜びに変えていくか、
ということにかかわる「心」の学びをしております。
見方、思い方をうまく切り替えてしまって、
一時も速くその苦しみを心から遠く離してしまうことです。
うまくいけば喜びに変えてしまうことです。
これが苦しみから逃れる方法です。

生きている限り、人生とは人との出会いであり、
出会いがあれば必ず出来事が起こりますから、
その出来事をいかにうまく処理するかにかかってきます。
私たちはこの世の出来事から避けることは出来ません。
いかに心の中で処理するかということが、
学びの中でいちばん大事なことだと思います。
前回お話ししましたように、大自然においても、
また原子の世界においても、すべて同じエネルギーが働き、
同じ法則に従っております。
その偉大なる力を神様と申し上げております。

    
    ~ 感謝・合掌 ~



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