浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

手を打てば響く柏手いずくより
両手の縁に因りて鳴るなり

「御垂訓」

2018-08-19 10:31:04 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―1

主題:苦しみは自分の心の中から生まれる

 

先日、豊かな暮らしをされている若い奥さんが
相談に来られました。
この家のお婆さんが九年間寝ったきりで、
奥さんが世話をされています。
かなり疲れておられます。

ところがお婆さんのほうでは、一言の感謝もない、
そこで私は何の為にお婆さんの世話をしているのか、
辛いと言って相談されるのです。
私はお婆ちゃんが喜んでくれても、くれなくても、
あるいは謗(そし)っても、
あなたは精一杯尽くしなさい。

喜ぶか喜ばないか、
また感謝されるかどうかは関係ないのです。
自分ができる限り尽くしてみなさい。
やがて、あなたはあれだけ難しいお婆ちゃんに
よくあれだけのことをさせて貰えた。と、思う日が来ます。
自分自身の心に満足と喜びが生まれます。

これはお婆ちゃんの為にするのとは違うのです。
自分自身の為にするのです。
こうお話ししました。
奥さんは心が楽になったと言って帰られました。


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「御垂訓」

2018-08-19 01:08:49 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

    ~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~


     講演 四
 
「かくのごとく 万物すべて生命にして 
      エネルギーの塊なることを悟るべし」
私たちの肉体は、目に見ることができませんが、
強大なエネルギーによって動かされています。
その一人ひとりを動かしているものは何かといいますと、
「心」です。

おもしろいことに、中国の方はほんとうに
素晴らしいと思うのですが、
四千年、五千年の歴史をもって文字をつくられましたね。
病気、陽気、空気、陰気、元気、天気など、
「気」という言葉を使っていますが、
すべて目に見えない、
手に触れられないものに当てているのです。
病気というのは病んで、それが肉体に現れて、
病気となっていますが、
病気の原因は何かといいますと、目には見えません。
この「気」という言葉を使う中国の「気功」も、
宇宙のエネルギーを自分が受け入れて、
訓練することによって相手の方に「気」を送るのです。
そうしますと、病気が癒されるということがあります。
宇宙に存在しているエネルギーは目に見えません。
私たちの心も見ることはできません。

同じものです。
「気」を自分の意識、心をもって集中して注ぐと、
癒しが起こるのですね。
昔、イエス様が手をかざされて
「汝、目を開け」といわれますと、
目の見えない方の目が開いたとか、
「立てよ」といわれたら、
足の萎えた方が立ち上がったとか、
そういう話は聖書にたくさん書かれています。
これと全く同じことが私たちにもできるのです。
イエス様だけのものではなく、
私たちの誰にでもできるということを、
私の数々の体験からはっきりと自覚し、
確認をさせていただきました。

宇宙のエネルギー、分け御霊がありますから、
それを頂いて相手に注ぐのです。
イエス様は言われました。
「私のごとく生きたものは私以上の力を
現わすであろう」と、まったくその通りです。
しかし間違った信仰においては、
そのようにすれば治るということを教祖さんが
発見しまして、
それをただ与えたのではもったいないから、
ペンダントでも作って売ろうかということで、
「ペンダントを頂いたら光が出る」と言って、
皆はこれを買って胸に下げています。
しかしその教祖さんも、
最初はペンダントなどつけていなかったはずですね。
そのペンダントは二、三百円の原価でできるもので、
量産しますと百円もかからないものですが、
それを何万円もの値段で売っていますから、
もうこれは儲かって仕方がないです。

しかし、これは神様とはいっさい関係がありません。
もしも宇宙に遍在する神の意識、
神の力がお金によって頂けるものでしたら、
例えば一万円するペンダントを身につけたら光が
出るという教えがあったとしますと、
大金持ちの方が
「私は神様の力がほしい」といって、
一千万円あるいは一億円のお金を出して
ペンダントを買った場合、
千倍、万倍の光が出るはずですが、これは出ません。
そんな神の力が出たら眩しくて仕方がないです。

    
    ~ 感謝・合掌 ~


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