浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

我れ食べず人に施す母の愛
幼き我に布施教えらる

「御垂訓」

2018-08-13 00:00:26 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

     ~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~


           講演 二
 
「大宇宙は大神体なるがゆえに この現象界の地球も神体なり 
      神体なるがゆえに 大神殿なるべし」

先の続き・・・

「お金を上げなさい」とよくいう宗教があります。
まとめて上げさせるのやら、少しずつ絶えず上げさせるのやら、
いろいろあります。
しかし神様は一銭もお受けになりません。
神の御手には一銭も届きません。
このイエス様の写真の前に一万円を置いて
「イエス様どうぞこの一万円を使って下さい」とお願いしましても、
いつまで経ってもなくなることはありません。
いつか腐ってくるはずです。

イエス様がポッと手を出されて一万円をとられたらほんとうですが、
そんな神様は見たことがありません。
神の世界ではお金は必要とされないのです。
「神様に上げなさい」と言って、
ある宗教では入会と同時に袋を渡されまして、
その袋の中には、さらにお金を上げる袋が五つ入っているそうです。
玉串料、感謝料、お祭り料と、
みなそれぞれを入れて持っていくようになっているのですね。

そのお金はいったいどなたが使ってくれるかといいますと、
頭に毛の生えた者たちです。
お坊さんは頭に毛はありませんが、あれは剃っているだけです。
そういう方がみなお使いになります。
世の中にはいろいろな間違ったことがあってもいいのです。
人はその方その方の魂の段階に応じて、
その人が修業する場所として与えられております。
私たちの正しい法に縁をいただける方は、
いかに得難いかということです。

得難いご縁によってこうして共に学ばせていただきます。
正しき教えにめぐり会い、ご縁を頂くのは、
「片目の亀」のたとえよりもなお難しいのです。
今、日本は一億二千万からの人口です。
私たちが巡り合えるのはほんとうに一部の方たちとです。
一億何千万人のうちの何千人としかご縁がありません。
ほんとうに、穴のあいた丸太棒に盲目の亀が首を突っ込むよりも
なお難しことです。
しかし、これは皆様が一人ひとり縁のある方に伝えてもらったら、
やがて誤った信仰から救われる方もたくさん出てくれることと思います。

   
         ~ 感謝・合掌 ~


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