古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

カラーシルエット劇団『角笛』の公演を見ました。

2010年03月07日 00時19分34秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 写真は『花さき山』の影絵です。ステージの写真は撮れなかったのでパンフレットを載せます。きょうは孫たちと神戸文化ホールに行き、カラーシルエット劇団・角笛の公演を見ました。三十数年ぶりに角笛の舞台を見て気持ちよく涙がながれました。
『角笛』が旗揚げしたのは1963年(昭和38年)でした。それから47年間全国を公演してまわり、観客総数は1200万人を越えました。メジャーな劇団でなく、ブームに乗ることもなく、地道にかくも長く活動されていることに感動します。きびしい台所事情もわかるだけに「美しいものにを子どもたちに!」という情熱にふれて勇気をもらいます。
 角笛のカラーシルエット劇と出会ったのは、現在までの人生の半分だけを生きた1974年(昭和49年)。36歳のときでした。西宮親子劇場の劇団選定にかかわっていて偶然この劇団の資料に魅(ひ)かれたのです。そして公演の打ち合わせに来られた劇団代表の白石さんとはじめてお会いしました。実直な人柄がそのまま伝わる人でした。
 彼は、私たちの粗末なチラシを見て不安になったのでしょう。ポスターを無料にしますから使ってください、と数十枚も置いていってくれました。
 そして公演の日、はじめて見るカラーシルエットのスクリーンは、子どもをよろこばせただけでなく、大人の心を洗ってくれました。美しいスクリーンの余韻が何日も心に残りました。人形劇や舞台劇を見るのとちがう感動でした。さいわい公演は大入りで、それから角笛との付き合いがはじまりました。
 人生には、ほとんど関係はないし、深い付き合いでもないのだけれど、つよく心に残る出会いがあります。白石さんとの出会いもそうでした。いつまでも彼の人柄が心に残りました。彼もそうだったのか、私が係りをやめてから勤め先に訪ねてこられたことがあります。
 去年、たまたまインターネットで『角笛』の活動を見て、懐かしい思いがあふれ、自分の過去に手紙を出すような気持ちで劇団に手紙を書きました。白石さんは亡くなられていましたが、奥さんにていねいな手紙をいただきました。
 そしてきょう、白石さんの奥さんに出会い、公演が終ってから舞台裏を見せてもらいました。ありし日の白石さんを知る人と出会って、もっと彼の話をしたいという奥さんの思いが伝わってきました。
 
コメント (1)
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