古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

「たのしんで仕事をする」のがいいと思います。

2014年12月14日 02時16分34秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 写真は2012年つまり2年前の12月に撮りました。うちの村の<左の広池>を周回する山すその道です。「<田舎暮らし>はこういう道を散歩するのがいい」。そう思って草を刈りました。何度か散歩し、お正月には子たち孫たちもいっしょに歩いてくれ、野鳥も見かけました。でも去年は草を刈って、道をつけませんでした。今年も道をつける気になりません。草が生えたままです。
 関心がなくなったら無理して「道をつける」ことはない。たのしめる間はたのしむ。でもその「たのしみ」にこだわらない。
 畑「仕事」・山「仕事」・大工「仕事」と<仕事>をつけて、何かしている気になっていますが、たのしめなくなったらやめる。「仕事」をして生活しているわけではないのですから。仕事と名付けても「とらわれないように」たのしみます。
 母・妙子さんがショートステイから帰って、家で車イス生活をします。家はバリアフリーですから少し離れた洗面所に行くのもスイスイです。「ボタンを押したらチャイムが鳴る」器具も買いました。と順調のようですが、夜中に起きて様子を見に行ったら、一人で便所に行き、また一人で洗面所に行って口をゆすいでます。
 こけたら大変。必要なときは介助を。そんな思惑を越えて、母は自分の思うように動きたい。ボタンを押さないで動く。骨は丈夫でいまのところ骨折していませんが、いずれ自分だけでは動けなくなるでしょう。
 用心のために「ボタンを必ず押すように」やかましく言うのはやめます。「動く気力・体力」がある間は、頑張って動いてしまうのでしょう。それで転んで骨折しても「そのときはそのとき」。
 身近な高齢の人が去年転んで、大腿骨頸部を骨折・手術しました。リハビリして退院し、またすぐに転んでもう一方の大腿骨頸部を骨折・手術しました。またリハビリして退院。介助をうけながら暮らしています。
 起こることは受け入れて生きる。達観できてませんがその方向に少しずつ。
コメント
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