元ラーメン屋店主のツイート集

ラーメン屋を10年経営し、今は閉店し、介護士をしています。

読むデトックス・・・・第三章・・・自信ある自己流は自信なき正統派に勝る (アーノルド・パーマー)

2008年07月15日 | 店主の人生哲学
生きる上で無闇に恐れない事は重要です。

不幸に恐れない。世間体に恐れない。非常識に恐れない。
将来に恐れない。

無駄な恐れを削ぎ落とす事が現代人の課題だと思います。
あらゆる事に臆病になると、成長の妨げになります。
要するに、恐れを減らすと自信がわき、堂々と生きれ、
前向きに生きていけます。

自分が選択し、自分で決定した人生には自信を持って生きる
べきです。自分の未来を期待する事は人生を華やかにします。

人は単純なもので「自分は不幸だ」と思えば、「不幸」に成り
ます。

だから、絶対的にポジティブ思考は大切なのです。

人生は、今までの生きてきた過程が今です。
今の生き方や、生きる姿勢や、考え方や、行動が、将来へと
繋がります。

現状が「不幸」だと慢性的に思っている人は「不幸」に成る
べき生き方を積んできた人です。

人生には、覚悟や、決断が必要不可欠です。現実から逃げたり
目を背けた所に、明るい未来はありません。

周囲の評価や評判は重要ですが、それが全てではありません。
人には何が何でも譲れないモノって有るはずです。そういう
事に関しては、妥協せず、世界中から非難されても「自分」
を失わない事も必要です。

「プライド」とは「自分」です。すなわち「自分」を大切にし
「自分」に自信を持ち「プライド」を持てます。「自分」に
誇りや愛を持てない人は、他人を愛したり、他人に敬意を抱い
たりも出来ないと思います。

「自分」の自信を失い、自暴自棄になり、自己非難を繰り返し、
「自分」の存在価値を否定する人は、かなり危険信号です。
すぐさま、そういった思考は捨て、改善すべきです。そんな
考えで、いい人生が送れるはずもありません。
社会問題になっている「自殺」「うつ」「無差別殺人」(誰でも
よかった殺人)「精神病」などは、自分への失望、コンプレックス、
無力感、罪悪感などから生まれます。傷口が浅いうちに、意識して
考えを改めないと取り返しがつかなくなりかねないです。

人生を貪欲に成り、成長し続けてこそ輝かしい人生です。
人生から「努力」を取り除くと、人生は味気ないです。

僕も色んな悩める子羊の話を伺うと、共通して「自信」「勇気」を
失っている人に多く出会いました。僕は臨床心理士でも、アドバイ
ザーでも、カウンセラーでも、占い師でも、何でも無い一般人です。
だけど、僕に相談する人は多く、日々数々の相談事を受けています。
ま、それだけあらゆる事に皆、悩んでいます。

僕は、ニート的な人には「まずは何より「行動」あるのみ。
一歩踏み出し、自信を回復しない事には何も始まらん」と、言います。
経験を積み重ね、上達してこそ、やりがいが生まれます。達成感を
味わった時に自信も備わります。数々の達成感を積み重ね、自信過剰
になるぐらいで丁度いいです。「これだけは誰にも負けん」という
自信を持てて「ポジティブ思考」も出来るようになります。

第一章で書いたように、頑張る人間には、頑張らない人間が騒音で
邪魔をするものです。人が何を言おうと、何と思われようと、惑わ
されては自分の人生を歩めません。自分の生き方を、他人から
とやかく言われるのは面白くありませんから、話半分で十分です。
言いたいやつには、勝手に言わせてたらいいです。
「右から、右から、何かがやってくる。僕はそれを、左へ受け流す~♪」
でいいです。真に受けるだけ時間の無駄です。

エセ親切の助言は、足を引っ張るだけの戯言です。そんな、思いつきの
アドバイスに乗っても、いいことは何一つありません。最終的には何の
力にも成ってくれない事を見極め、話をすべきです。

自分の心に素直で、信じた生き方を貫く人は後悔なんてしません。

自信を持って自分の人生を歩むことは、自主的に生きるという事です。
自立した大人には自信は必要不可欠です。

他人との比較ばかりする人は最も愚かです。過去の自分、現状の自分
と常に向き合い、ベタですがナンバー1よりオンリー1を目指して
こそ充実した人生です。

自信を持つことができれば、前例がなくても非常識であっても、
それは大した問題ではないです。

読むデトックス・・・・第二章・・・ハクナ・マ・タタ

2008年07月15日 | 店主の人生哲学
「ハクナ・マ・タタ」とは「ライオンキング」で、主人公シンバ
が深く落ち込んだ際、ジャングルで知り合った友達に教えて
もらった言葉です。「心配ないさ」「気にしない」「落ち込ん
だってしょうがない」とかいった意味合いがあります。

現代人を不幸にしている根源は「考えすぎ」です。

自ら不幸を作り、不幸を招いています。小さな不幸に悩み、苦しみ
失望し、勝手に大きな不幸に仕立てているのは自分自身に他なり
ません。

そういった不幸のスパイラルは「ハクナ・マ・タタ」で救われます。

嫌な考えでウダウダ悩むのは、時間や労力の無駄です。
「なんくるないさ」(何とかなるさ)「まあいいや」「仕方がない」
「気にしない」「どうにかなるさ」「なるようになる」
「人生イロイロ」と、気分を変えた方が、人生はポジティブに
生きれます。

笑うかどには福来るです。多少は楽観主義でいいと思います。
多少は、無責任、いい加減、適当な部分があっていいと思います。
「釣りバカ日誌」の浜ちゃんや、「クレイジーキャッツ」の植木等
のように、お気楽にヒョウヒョウと生きるのを現代人は見習うべき
です。

気分を明るく持てば、陰な考えを持つこともありません。

気を暗く持つ癖がついている人は、身体までも蝕んでいきます。

人間の思考と身体は密接で、片栗粉を医師が「効果覿面な新薬ですので
これさえ飲めば、すぐに元気になりますよ」と言い、服用すると
病気が治ったりする事もあります。また、妊娠したと思い込んでい
る「想像妊娠」も、ツワリが出たり、生理が止まったり、
お腹を蹴ったという錯覚を感じたりします。

同様に、些細な事で重く悩む人は、病気になりますよ。

目先の問題に囚われすぎるから、物事を悪い方に考えがちです。
また、全体の良い面には気づかず、悪い面ばかりを気にしがちです。
要するに、クレーマーや、嫁イビリ姑タイプです。

また、学生時代のイジメだとか、トラウマだとかに、何十年も
縛られていては不幸でしかありません。そういう、トラウマに
悩まされている人は、将来の事も悪い方向に考えがちです。
過去も、現代も、未来も不幸だと、勝手に自分が創作した
妄想フィクションに苦しめられているに過ぎません。

人生は誰だって、嫌な事はついて回ります。
別れ、挫折、恐怖、暴力、イジメ、健康問題、後悔、
人間関係など、人の悩みは尽きません。でも、嫌な事に
直面した際に、どう対処するかで人生は変わります。感情を
暗く、悪い方向に導くのも自分しだいなのです。

失敗した際の反省は必要ですが、あくまで次回に繋がる
ポジティブな反省をすべきです。1つの事に長期間悩む
ようなネガティブ生活からはすぐにでも足を洗うべきです。
悩みにとらわれて、自分を苦しめ、自分を追い詰める
だけでは人は絶望しか味わえません。

不満、不平、不遇、コンプレックス、欠点なんて考える
より、事実を受け入れ、変えられる事は変えるよう、一歩
踏み出す勇気が必要です。

自分は地球上で最も不幸だと、悲劇のヒロインの空想を
しても「自分より不幸は必ずいるし、同じ境遇の人も沢山
いる」ものです。

もう、自分を責め、不幸の芽を育てる人生は終わらせませんか?

学生時代に散々イジメられたとしても、そんなの社会の厳しさ
に比べたら屁みたいなものです。大人が立派で、常識人なんて
のは幻想でしかありません。未熟な大人がごまんといる現実を
知って、大人社会に出ないと、人間不信になるかもしれません。

世の中には悪人も、無礼な人も大勢います。そういった人達
とも関わっていかなければいけないのが大人社会です。
でも、そういった人達と出会ったからといって不幸になって
はいけません。そういう人達とは、距離を持ち、当たり障りが
無い付き合いをするのも大人の嗜みです。そういった、話が
通じない相手と、議論したり、争うのは時間の無駄です。

世の中が善良な人達と信じたいけど、残念ながらそうでは
ありません。根っからの悪人はいますし、そういう人達が
今後変わる事はまず無いです。だから、そういった悪人
から無礼な行いをされたり、心を傷つけられた時は
「うらまない。でも、許さない」と呪文のように頭で
唱えるようにしています。

要するに「恨む」という事は、自分を嫌な目に合わせた相手の
事を深く考えて嫌な気分に成ります。そして、人を軽蔑
する事は自らの心も汚す行為です。
でも、自分を嫌な目に合わせた相手を許しはしません。
悪人をも許せるほど、僕は人間が出来ていません。
悪人をも許すという事は、自らの心に背く事に成ります。
だから「うらまない。でも、許さない」です。

自分が心許せない人間とは関わりを持つのを控えた方が
いいです。悪人と関わる事ほど、時間や労力の無駄は
ありません。