『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  717

2016-02-16 05:44:15 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 話し合っている二人、包み込んでくるクリアな藍色、水平線下に沈みゆく入り陽のつくる茜色のグラデーションが浜を彩っている。
 『なあ~、オキテス、明日の会議での案件は重要な事項だ。新艇の事業に取り組む我々の意図と姿勢、市場展開と販売に駆使する手法、建造方法の合理性による原価試算と価格設定、それらが目標とする結果となるか否や、そのための営業活動、価格決定会議が提示するであろう価格の検討と事案が多い。案が多くても多難とならない策を考えねばならん。また、パン事業、魚事業のことを考える調査も考慮しなければならないと考えている。要するに通貨制度と通貨価値に見合った生産をしているか、はたまた、価格を決めているかを評価して、これからを考えねばならない』
 『解った。新艇の原価試算は簡単にいくとは考えてはいない。あらゆる不確定なものの価値、価格を設定して、新艇の価格が成り立つわけだからな。とにかくやらねばならんことだ。明日の会議は、慎重に事を計って結論を出して決めていこう』
 『心得た。お前が言うように、懸案については慎重第一に努める』
 『俺は、建造の現場を見なければならん。話はここまでだ。では明日な』
 二人は別れる、オキテスは建造の場へ足を運ぶ、、パリヌルスは浜の巡視に歩を向けた。
 彼は、巡視を終えて波打ち際に立つ、藍色と茜色に彩られたかなたの水平線を見つめた。
 ニューキドニアの夜は更けていく、おぼろげな月が頭上にあった。
 終わりがある、そして、始まりがある。一夜が過ぎた。

 陽が昇る、朝が来る、浜が朝行事でざわつく、キドニアに向けて朝便が出ていく、それを見送るオロンテスの姿があった。
 パリヌルスがその傍らに立った。
 『おう、おはよう、オロンテス。今日のキドニアはセレストスか。お前、うまく人を回しているな』
 『おう、おはよう、パリヌルス。昨日はご苦労、今日の会議の俎上にのせる議題が多い。それにしても、昨日、耳にした通貨制度と通貨単位には驚いた。俺は腰が抜けたよ。パンの価格を決めたときことを思い浮かべて、あれこれと考えた。眠れなかった。なんとなく理解に苦しむところがある。人間社会の理解しにくい面が考えられる。それが価格の決定に作用しているのではないかと考えている』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  716

2016-02-15 06:03:55 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 オキテスがパリヌルスに話しかけた。
 『パリヌルス、お前、どのように考えている?今日のスダヌスを囲んでの話し合いのことだが』
 『よかったと考えている。お前はいい機会を作ってくれたと思っている。俺たちが生きている世の中を知ることができた。それもあいまいではなく世の中の制度のありようを知り、その価値判断を理解した。まさに目からウロコがはがれて落ちた。それを実感した。今後の対処を考えねばならない。我々は、世の中の変化に疎かった。悔やまれた。むつかしい世の中を渡っていく処せ術が必要となってくる。一筋縄ではどうにもならん。恥ずかしくもあったな、知っていなければならないことも知っていないじゃないかということを知らされた。お前はどうだ?』
 オキテスに問いかけた。
 『俺も、お前が、今言ったように考えている。我々の見識が広まった。我々が当然知っていなければならないことなのだ。いい機会であった。しかし、あの通貨単位だ、ドラクマなる通貨単位だ。その価値について知らされたとき、そんなものかと思うと同時に、大ショックだったな。今も、そのショックで身が震える。あの2ドラクマの銀貨一つで我々が焼いている、あのパンが100個、買えると聞いたときのショックがこたえたな、何とも言えない大ショックだった。そのあとに、オロンテスが俺に言ったことだが、ものの価値判断に地域差があるようなことを言っていた。それについては、いずれ俺たちも知ると思うが、今、現在は不明の領域だ』
 『あの2ドラクマの銀貨1つで、俺たちが焼いているパンが100個買えると聞いたとき、俺も、お前と同様に大ショックだった。心臓が停まりにかかった。あの銀貨一つでだぞ、パンが100個も買える、どう考えてもショックであった。オロンテスはどう考えているかな?あいつは言っていたな、パンを焼いて、船で運び、1日、売り場で売って、あの銀貨一つと半分とは承知しかねるといっていた。そうだろう、俺もそのように感じた』
 『こう言っては何だが、今、現在のものの価値判断が、このようなものなのかと受け取ったな。これがものの流通価値かと思った』
 『今度、機会をつくり、集散所の木札を使って、買い物をして、ものの価値を知る調査をしようと考えている。アレテスが担当している魚類の流通価値を正しく知ろうと考えている。それをもって、我々が1日働いての労働の価値についても知りたい』
 『解った。お前、結構、冷静に物事を見ているな。お前と話していて、ショックがだんだん消えていきそうな気がする』
 『ほう、そうか。それはいい、気持ちが滅入って落ち込む、それはよくない。ショックを払い落とせ!正しく物事を見る目を盲しいさせる!』
 『お前、いいことを言ってくれる。このように世の中の経済事情を知ってこそ、新艇の価格を正しく考えられるというものだ』
 二人の話は、彼らの肩に乗っている事態を理解して、決断へのプロセスを歩ませようとしていた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  715

2016-02-12 05:27:13 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 キドニアから、俺が浜に帰り着いた一行が浜に降り立つ、アヱネアスは、新艇建造の場へと向かう、イリオネスら四人も、ともに歩を運ぶ、オキテスは、その状況を心得てドックスを呼び寄せた。
 『おう、ドックス、ご苦労!一緒について廻ってくれ』
 『判りました』
 『建造の進み具合は順調に進んでいるようだな』
 『はい、この調子で仕事が順調に進めば、新艇の仕上がりが10日くらい早まると考えています』
 『ほう、そうか。その旨、統領に伝えても差し支えないかな』
 『はい、差し支えありません。それから帆張りの件ですが、ここ一両日中に決定しそうですか?』
 『おう、それはだな、おそらく、明日、会議が招集されると考えている。その席で決定する。返答は、即、お前に伝える。このあと、統領から質問があれば、それに答えるようにしてくれ』
 『判りました』
 彼らは建造の現場を丹念に見て廻った。統領がドックスに声をかける。
 『おう、ドックス、連日ご苦労、仕事の進み具合は、どうだ?』
 『はい!順調といえます』
 『そうか、それは重畳。5艇の完成、出来上がりは、遅れそうか早まりそうか?』
 『はい、そのことはオキテス隊長に報告してありますが、7~8日、早まるのではないかと考えられます』
 『ほう、そうか、それは心強い、そのように努めてくれ』
 『判りました』
 アヱネアスは一行とともに5艇の建造の場を見まわり引き上げた。
 『軍団長、明日、会議をやる。一同に伝えてほしい』
 『判りました』
 アヱネアスは、新艇に関して価格の分野にいたるまでの意思を決めている。ここに到って、自分の意思を伝えておく時であると強く思った。
 明日の会議の件がパリヌルスら三人に伝えられる。建造の場の視察を終えた一行は散会に及んだ。
 パリヌルスは、オキテスとドックスに言って、ギアスを呼び寄せて話し合いを行った。
 試乗会の事情を聴きとり、全員で新しい帆張りの操作とその効果について話し合った。5つの何故、何故方式で意見を交わした。
 『おう、了解した。明日、会議にはかり決定する。新艇の艤装、装備に関して、これをもって完結と考えている。オキテス、ドックス、これでいいな』
 『おう、了解っ!』
 力強く答えが返る、彼らは話し合いの場を解いた。パリヌルスがオキテスに話しかける。
 『新艇を、完成させるには、時間もかかる、エネルギーもいる。俺の用務もここまで来た。オキテス、価格の決定よろしく頼むぞ!それが決まり次第、次の段階の仕事に取り掛かる』
 『おう、了解だ!』
 パリヌルスの頭脳が冴えわたっていた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  714

2016-02-11 09:04:54 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 一同から拍手が起きる、照れるギアス、大声をあげる。
 『では、これより出航いたします』
 ヘルメスは、漕走の航跡を引いて船だまりから出る、沖へと向かう。今日の風は西からきている、北西方向の沖に向かう、半刻(1時間)をかけて沖に出た。
 折から吹いてくる西風は、この上ないいい風である、方向転換地点にいたる、艇体をかしげて方向を東へと転換した。
 総帆を展帆して快走に移る、満帆に風をはらむ、波を割る、しぶきが舞った。紺碧の空、陽の光、緑の島、白く輝く波がしら、ヘルメスは快調に走った。
 船だまりに帰ってくる、試乗会は支障なく順調に終えた。
 参加してくれた一行に心づくしの粗品を手渡す、彼らから『ありがとう』と試乗の感想が告げられた。
 今日の試乗会は、キドニアにおいての三度目の催行である。ギアスが描いたシナリオどうりの結果で終えることができた。
 ハニタスとトミタスが試乗した感想を述べる。
 『おう、おう、ギアス艇長、我々が考えた以上の走りであったな。帆張りしたカタチがいい、走りもいい、申し分がない。ご苦労でした』
 ギアスは、この評価に幸先のよさを感じる、漕ぎかた一同と今日の試乗会についての意見交換をした。
 彼の想いは、いつ誰でもがどの部署を担当しようとも、その役務を遂行できるように操艇技術を共有しようという心がけであった。
 『ギアス艇長、今日の試乗会、これまでやった中で一番いい出来でしたと思います』
 『そうだな、良しとしよう。一同ご苦労であった』
 彼らは試乗会催行の事後ミーテングを終えた。ギアスは帰途に就く時限が、もうそろそろだろうと感じている。
 今日の業務を終えたオロンテスらの姿が見えた。彼らの表情がいやに明るい、今日の成果がうかがわれた。彼らの到着から遅れること四半刻(30分)あまりアヱネアスらが船だまりに戻ってきた。イリオネスが一同に声をかける。
 『おう、お前たちそろっているな、ギアス艇長、試乗会うまくいったか?』
 『はい!試乗会は、うまくいきました。今日は西からいい風が来ていました、そのようなわけで』
 『オロンテス隊長、パン売り場の成果は?』
 『今日の結果は上々といったところです』
 『そうか、そうか、よしっ!帰ろうか。統領、どうぞ、お乗りください』
 全員、艇上の人となる、ギアスの指示が飛ぶ、帰りは向かい風である、漕ぎかたの奮闘である、彼らの櫂操作は、ヘルメスの航走に同化していた。
 アヱネアスがイリオネスに声をかける。
 『軍団長、俺たちも櫂を握ってみないか』
 『いいですね!やりましょう』
 二人は、漕ぎかたと交替して漕ぎ座に座して櫂を握った。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  713

2016-02-10 05:09:13 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 今日の試乗会の客筋は、担当のトミタスから聞いている。ギアスは、ヘルメスの総帆を展帆して客の到着を待っていた。

 スダヌスは、オキテスからヘルメスが新しい帆張りを装備したことを聞かされた。
 『そいつは、はなはだ興味のあることですな。こちらへ来られるときは、帆張りで来られたわけでしょう。皆さんの評価は、いかがなものでしたかな。どうです、新艇のデモ航海にイラクリオンへ出かけませんか。三、四日くらいの予定で行きましょうや、オキテス殿。試乗会をイラクリオン、パノルモスでやるということで、私が知り合いに声をかけます』
 『それは、いいな。考えようか。ちょっと時間をくれ』
 一同は、スダヌスが準備した昼食を楽しんでいる。
 『軍団長、進化と言おうか、とにかく世の中が変化している。我々も変わらなければいかんな』
 『全くです。経済の仕組みが変化しています。もうトロイ時代の慣習が通用しなくなりつつあります。もっとも、あの時代の我々と今の我々とは、社会的な立ち位置が変わっていますが』
 『それは、言えている、帰って、これからの対応を考えねばならん』
 二人は言葉を交わし終えて、スダヌスと向き合った。
 『浜頭、今日は大変世話になったな。今日は多くを学んだ。両目のウロコを取り除いた。今日現在の社会制度、変わりつつある世の中の仕組みを知ることができた。ありがとう。そのうえ、昼食まで馳走になった、ありがとう。我々は、力を尽くして、いい船を造る。よろしく頼む』
 『はい、これはこれは、丁寧な言葉を頂戴しました。及ばずながら、力いっぱい協力できることを心から喜んでいます。いい結果のために協力いたします。今日は、ようこそ、おいでいただきました』
 スダヌスは言葉を結んだ。一行はスダヌスと別れた。
 オキテスは、アヱネアス、イリオネスとスケジュールを打ち合わせた。帰途に就くまで間がある。オロンテスを除く四人は、集散所を見て廻り、時間の費消にキドニアの街ブラをすることにして歩を運んだ。

 ヘルメスを係留している船だまりに新艇担当の二人に導かれて客5人が姿を見せる。ギアスが一行を迎える。
 『皆さん!今日はようこそ!新艇においでくださいました』
 歓迎の言葉をかける、ハニタスとトミタスが目を見張る、新しい帆張りのヘルメスを仰ぎ見た。
 『ほう~っ!艤装が少々変わりましたな。この帆装は素晴らしい!』
 『これで新艇の艤装の完結です。これからキドニア沖に出て帆走いたします。新艇の走りを堪能してください』
 ギアスが一行を歓迎する挨拶口上を述べ、ヘルメス艇上に一行を乗船させた。
 『皆さん!こんにちは!この艇の運航を担当しているギアスです。よろしくお願いします』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  712

2016-02-09 05:21:20 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『ほう、そうか、それで構わん!その新船でいくらだ?』
 スダヌスは、木片を準備していた。木片を取りだす、手にした木炭で数字を書き記してアヱネアスに手渡した。アヱネアスは、書き記された数字を確かめて口を開く。
 『浜頭、この数字の単位はドラクマだな』
 鋭い眼差しでもってスダヌスと目を合わせて念を押した。スダヌスは、言葉を発することなくうなずいた。
 アヱネアスが考えていた懸念をこの数字が一挙解決する。十を知るための一がここにあったのである。
 『浜頭、ありがとう。君の説明でもって通貨に関する制度事情を詳しく知ることができた。ありがとう、礼を言う』と言って、手を差し伸べた。
 スダヌスは差し伸べられた手を、しっかりと握り返した。
 『おう、お前ら、浜頭から、これを聞いておきたいと思うことがあるか?』
 『いえ、ありません』
 『軍団長、一同、通貨に関する事情を理解したようだ。もういいだろう。勉強会は終了だ』
 『解りました』
 イリオネスがスダヌスに話しかけた。
 『スダヌス浜頭、ありがとう。懇切丁寧な説明で、通貨制度とその事情をを知ることができた。礼を言う、重ねて礼を言う。ありがとう』
 二人は手を握り合った。
 『軍団長、たどたどしい説明個所もありましたが、ご理解いただけたでしょうか?』
 『おう、俺は理解した。あれで充分だと思っている』
 イリオネスは、一同に渡されているドラクマ銀貨を受け取ってスダヌスに返した。
 スダヌスはパリヌルスら三人とも握手を交わしながらオキテスに声をかけた。
 『オキテス殿、頃合いもちょうど昼です。昼の準備ができているはずです。広場のほうへ行きましょう』
 『おう、ありがとう。何かと世話をかけるな』
 『いえいえ、それはありません、心づくしの昼食です。遠慮なさらずに、どうぞ』
 『おう、そうか。喜んで馳走になる』
 一同は広場へと向かった。

 集散所の新艇担当のトミタスから、ギアスは連絡を受けていた。今日の試乗会の催行は午後一番に予定されている。ギアスらは、早昼を済ませて待機している。
 彼は、風具合を読み、試乗会のシナリオを描いている、今日のコンデーションは極めていいといえる。
 新しい艤装のなったヘルメスを駆っての試乗会の催行である。
 昨日、今日とツケヤイバ的に操作要領を身につけての試乗会催行を思うと緊張せざるを得なかった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  711

2016-02-08 06:16:14 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 彼は話を継いでいく。
 『皆さん、集散所の木札の交換比率について、理解いただけたようですな。皆さんがこの交換比率をご存じなかったということを私が知っていなかった。交換比率を耳にされて、大変、驚かれたようですな。これは一個人がどうのこうのできることではありませんな。この集散所の決まり事です。2ドラクマ銀貨の価値だと、私どもは銀貨を仰ぎ頂いているといったところです』と述べて、オキテスと顔を合わせた。
 オキテスが口を開く。
 『浜頭、私らは、ドラクマという交換価値単位とその価値について理解した。ここまで浜頭から聞いたことについては質問はない。次の話に進もう。あの木片に書き記された集散所からガリダ方に支払われる新艇健造用材の金額について話してもらいたい』
 『解りました、あの木片をお持ちですか?』
 オキテスがイリオネスに顔を向ける。 
 『軍団長、例の木片持ってこられましたか?』
 『おう、持って来ている』と言って、腰につけている袋より木片を取り出して、オキテスに渡した。木片はスダヌスの手に渡る。
 スダヌスは、木片に書かれた数字を確かめた。
 『お~お、そうです。この数字がガリダに支払われる金額です。単位は、ドラクマで書かれています』
 スダヌスがここまで話したことで一同の理解が早かった。スダヌスは例を挙げて、この金額がどれほどのものかを説明した。
 一同が質問をする。彼らの質問には、見当はずれの質問もあるが、スダヌスは、丁寧に対応している。質問をする一同、答えるスダヌス。
 一同の理解が進む。アヱネアスが気にかけていた件について質問した。
 『浜頭、説明しにくい質問もしたが、解りやすいように答えてくれた、ありがとう、礼を言う。私がこれから質問することに答えてもらいたい。浜頭が知っているように、今、我々が新艇を建造している。あの新艇クラスの新船が、このクレタでどれくらいの価格で取引されているかを知りたい。浜頭の知っている範囲でいい、ズバリ、答えてほしい』
 アヱネアスの言葉は、丁寧な言い回しが感じられるが、語気は鋭かった。
 『解りました。クレタにおいて取引の多い新船は、ヘルメス艇より、二まわりくらい、いや、三まわりくらいかな、小さい新船が多いのです』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  710

2016-02-05 05:20:58 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 イリオネスは、宿舎に収納している膨大といってもいい木札の量を頭の片隅で考えていた。
 パン事業に手掛けて1年、漁業関係の事業に着手して半年あまり、その間に蓄積した大変な量の木札のことに思いをはせた。その中から小麦の仕入れにテカリオン宛に支払った木札の量について考えた。彼はその内容を思い浮かべて考えた。
 その支払額を耳にした交換比率でもって考えた。
 『そういえば、そうだな。考えてみればうなずける』
 その内容は、受け入れることのできる結果であった。
 イリオネスはスダヌスと目を合わせて口を開いた。
 『浜頭、理解した。銀貨一つと木札の枚数との交換比率について理解した。ちょっと間が開いたな、話を進めていい、続けてくれ』
 その言葉にうなずくスダヌス、イリオネスの顔を見るパリヌルスら三人。
 『うっう~ん、お前ら、何か言いたいのか!』
 『そうです。今まで耳にした話が、このあたりにとどまっています。腹に収まろうとしません』と言って、胃のあたりを手で押さえていた。
 『そうか、それは、お前らが解しかねている世の中の仕組みのせいだ。しかし、俗な言い方をするが、世の中がこのようなしきたりで動いているということを知ることだ。お前らが力もうが歯ぎしりしようが変わることではない。それが承知できないとなれば、世の中の仕組みをつくる立ち位置に立つことだ。解ったか、そういうことだ』
 『解りました。言われてみればそういうことですな。なんとなく解りました。詰まっていたものが腹に収まっていくようです』
 『オロンテスが理解した表情でいるではないか。オロンテス解ったのか?』
 『ハイ、理解しました』
 『オロンテスが理解したといっている。パリヌルスにオキテス、二人とも解ったのか?』
 『はい、解ったような気がしています』
 『おう、スダヌス浜頭、話を進めてくれ』
 スダヌスは、イリオネスと三人の話のやり取りを黙って聞いていた。彼のオドロキは、イリオネスが話を締めくくった最後の一言であった。『世の中の仕組みをつくる立ち位置に立つ』この一言に驚いた。
 今度はスダヌスが口を開けることができないでいる。開いた口がふさぐことができないのではない、閉じた口を開けない、スダヌスは自分自身を叱咤した。
 『落ち着け!スダヌス!お前の行こうとするところは、彼らが行くところとは違っているのだ。しっかりせい!』
 彼はやっとの思いで口を開いた。
 アヱネアスと目を合わせ、イリオネスと目を合わせ、三人とも目を合わせて口を開いた。
 『いやいや、話が中断しましたな。申し訳ない、話を続けます』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  709

2016-02-04 05:58:29 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『この銀貨1つで、俺たちが焼いているパンを100個買える』
 これを聞いて、彼らは、戸惑った。このようなことは、今日の今日まで考えもしなかったことであった。物々交換の時代が終焉して、新しい通貨制度における物の価値判断を気付かされた。
 場の静けさが続いている、パリヌルスら三人は納得できかねている、アヱネアスもイリオネスも戸惑っていた。
 場が静止したままである、スダヌスも場の静けさを思いやった。彼の考えてもいなかった光景であった。
 彼らは何を考えているのだろうか。彼らがこれまで知らなかった世界を気付かされた。それがあまりにも彼らにとって、ショッキングな世界であったことにようやく気付いた。彼らがこれから判断する物の価値基準を知ったことであった。
 スダヌスらは、この価値基準に従って、日々の生業を営んでいる。アヱネアスらとは、この価値基準判断に関する立ち位置が違っていたのである。彼らは、新しい世の中のしきたり、通貨制度の経済社会に足を踏み入れたのである。
 スダヌスは『こんなものである』と思っている。アヱネアスとイリオネス、そして、パリヌルスら三人は、個人的に温度差があるものの、『このようなものなのか』と考えた。イリオネスが沈黙を破るべく口を開いた。
 『浜頭、世の中、このようなものなのか?』
 ここで言葉を切る。
 『物の価値判断、その物が持っている価値が、この通貨の数で価値が決められていく、浜頭の言った銀貨1個が集散所の木札100枚と等価であると聞いて、『そのようなものか』と思う反面、『このようなものか』と受け入れていかねばならないわけだ。その実態を理解するが、受け入れることが難儀なところでもある。解ってくれるかな。浜頭』
 通貨を制度として動く経済、世の中を形成している集団、その集団が寄り集まって形成するか、一つの集団が巨大化して形作る都市国家、数個から数十個、数百個の都市国家で形成する国家、その国家と国家が交流する。都市国家が都市国家と交流する、都市国家が国家と交流しての経済活動というところまで考えを及ばせて、トロイという一族のありようについて考えた。それがイリオネスの思考の到達するところであった。
 今、現在の彼らは、『このようなものか』と、これを受け入れなければならない立ち位置を強いられている。
 スダヌスが話しかける。
 『軍団長、言われる通りです。この世の中のしきたり、制度に慣れて、物の価値を判断していくことになります』
 イリオネス自身も考えていた価値とあまりにも大きな差のある物の価値判断の実態に気付かされた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  708

2016-02-03 05:31:45 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 三人は、表にペガサス、裏に兜をかぶったアテナの像が刻印されている銀貨を見つめた。
 『ほう、この銀貨に2ドラクマという価値があるということなのか』
 『そうです。この銀貨の重さが、2ドラクマという呼称単位に値する銀の量でできているというわけです。解っていただけますかな。銀がこの重さであれば、その銀の量が、2ドラクマであるということです』
 イリオネスが声をかける。
 『スダヌス浜頭、君は説明がうまいうまい、続けてくれ』
 五人はスダヌスの説明にうなずいた。
 『この2ドラクマの銀貨は集散所の木札100枚に相当するわけですな』
 この言葉を聞いて場は、しい~んと静まった。
 オロンテスが口を開く、驚きの声をあげた。
 『ええ~っ!』
 彼は、開けた口をふさがなかった。ふさがらないわけではない、ふさがらなかったのである。
 『俺たちが、一日、懸命に働いて、この銀貨一つと半分かいな』
 オロンテスが首をかしげて考える、そんなものかとうなずくこともできるが、一日この仕事に携わって、この銀貨一つと半分、へえ~っと思い納得に努めようとするが、スダヌスの言葉を聞いて、ショックもショック、大ショックであった。考えがまとまらない、ショックが大きかった。
 オロンテスは、初めて世の中の経済という物事に思い到った。
 『そのようなものかいな』である。
 五人が、世の中を支配するものの価値観、価値判断に関する事情を知った瞬間であった。
 オロンテスは、物の価値の高低、その落差について考えを及ばせた。物の価格の地域差を感じ取った。テカリオンに売り渡した堅パンの価格はテカリオンが交易活動する地域における物価価値であり、クレタにおける物価価値と差があることを感じ取った。
 『へえ~っ!』まさに驚きの世界のあることを理解した。
 オロンテスの思考をよそに一同は、スダヌスの話した集散所の木札の交換価値を理解した。
 オロンテスは、この期に及んで、パンの製造に関する考え方を一から考え直すことを決意した。オロンテスにとってそれくらいにショッキングな、スダヌスの話内容であった。
 まさに、でっかく分厚いウロコが目からはがれて落ちた。
 彼らにとって、集散所において販売するパン1個が木札1枚、これが物の価値を計る、彼らのモノサシであることであった。