サマセット・モーム「劇場」(Theatre)(龍口直太郎 訳)
サマセット・モーム(1874-1965)が1937年に発表した長編小説。
この何年か、モームの小説を時々読んでいる。英国の女性作家が書いたものを読んだ延長と言えるかもしれない。
若いころだと、小説としては深刻にも見えなかっただろうし、インパクトも大きそうではないと見たかもしれない。
それとモームの小説では、自伝的な「人間の絆」にしても、登場人物に魅力をあまり感じないことが多く、またどうしてこういう人と縁を切らないのか、煮え切らないところも多い。
この小説では、中年になった人気舞台女優が、夢中になって結婚した美男俳優の夫との間があまり熱くはなくなってきて、若い男と出来てしまうが、これもお互いの醜さが出てきて、最後は自分で一つの境地をつかむ、夫との間もおそらく平静なものとなる。
場面展開は、あっと言わせる変転がいくつもあり、それは唐突のように見えても、気がついてみると巧妙な伏線と表現が積み重ねられている。こういうところはうまい。
モームらしさというか、大人の、作家の見解として典型的なのは、息子が大人になりかけたとき、彼は「母親が住んでいる世界がみせかけであるから、自分は「真実」を求めたい」というが、母親(女優)は「みせかけこそ唯一の真実」であり、「俳優だけが真実の人間」であるという。
この場面そのものでは、読んでいると息子が勝っているように読めるのだが、少し後になって、いや本当は俳優でなくても、もう少し歳をとると、彼女のような境地に近くなるのではないだろうか、と思えてくる。
このあたりが、この小説の見どころだろう。
そういう風に納得はするのだが、読み終わっての快感というものに不足するのは、何から来るのだろうか。