やっぱりおとぎ話が好きみたいです。
少し大人な表現が出てきますので注意です。
もともと智は、幼い時から人間界に興味を持っていた。
でも両親から怖い世界だから行かない方が
お前のためだと言われ続け、ずっと反対されていた。
そしてあの嵐の日。
人間を助けたことで抑えていた気持ちが
一気に爆発した。
一度でいいから人間の生活を見てみたい。
人間の生活を味わってみたい。
智はそのためならたとえ声がなくなっても
多少足が痛くても構わないと思っていた。
智の決心は固く、両親や兄弟の反対を押し切り
魔女に声とそして足の痛みと引き換えに
人間の姿となる。
そして運良く庭師のマサキに助けてもらい
人間界で生活する事になった。
マサキは60代後半から70代といったところか
白髪の心優しい老人で(←すみません)
妻を亡くし一人で城の中にある
小屋に住んでいた。
智は話し相手にはとてもなりそうにないだろうに
マサキはいい話相手ができたといって
喜んで迎え入れてくれた。
そして智に色々聞きたいことは山ほどあっただろうが
無理に問い詰めることもなく優しく接してくれた。
智はなんの素性も分からぬ自分に対して
優しく受け止め世話までしてくれるそんなマサキに
感謝してもしきれないくらい感謝をしていた。
そしてマサキのためならばと一生懸命
マサキの仕事を手伝った。
そのせいか、もともと綺麗に整った庭園は
益々素晴らしいものとなった。
また、マサキは智を時々町にも連れ出してくれた。
そこで花の苗を買ったり種や肥料を買ったり。
そして花壇の一角を任され好きなように
作ってごらんと言われ
智は見よう見まねで花壇も作った。
庭園の管理の仕事は見かけによらず
重労働で大変だったが
それでも穏やかで幸せな毎日だった。
そしてこの日も庭の古くなった枝を取り除き
木を剪定し掃除をしと働いていたら
翔が現れた。
翔の顔色は相変わらず血色が悪く
青白い顔をしていた。
目があったので軽く会釈をし掃除の続きをする。
しかし翔はそこから動こうとせずじっと見つめてくる。
智は何か用があるのかと見つめ返す。
「いや、また追い出されちゃってさ」
智がなんだろうと不思議そうに見つめてきたので
翔はそう言って、照れくさそうに笑った。
翔はそのまましばらく智の仕事を見ていたが
手持ち無沙汰なのか智と同じように
近くにあったほうきを取り出し掃き始めた。
智はびっくりして王子にそんな事はさせられないと
取り上げようとするが翔はなかなか引き下がらない。
智は仕方なく諦め、手を休めるとベンチに座った。
「なんだか邪魔しに来ちゃったみたいだな」
翔は隣に座ると、そう言ってバツが悪そうに笑う。
智は、そんな事はないと首を横に振った。
そんな事が何回か続く。
しかし翔は特に智に何かを話しかけるわけでもなく
ただ一緒に庭の草木や花を見て、しばらくすると
じゃあまたと言って城の中に帰っていく。
智は意味がわからなかったが
翔の行動に合わせ、付き合う。
そんな日々が続いていたが
だんだん翔は慣れてきたのか
ポツリポツリと話を始めた。
最初はぎこちなく昨日読んだ本の話とか
他愛もない話をしていたのが、だんだん
それにも慣れてきたのか世界をまわった時の話
その時の旅の失敗談やその国の面白い風習など
そのどれもが智にとって刺激的で楽しい話だった。
智は目を輝かし話を聞く。
翔と仲良くなったのを知ったマサキもまた
翔が3人兄弟の長男であることや
優しくて家族思いなことや
悲しい出来事が有り無気力状態になり
そのせいで時期王は弟になりそうだということ
など話して聞かせてくれた。
「智はどこから来たの?」
「……」
時々翔は自分が話すだけではなく
智のことも聞いてきた。
智はもちろん答えられないし
また答えられるような内容でもなかったので
聞かれると黙って俯くしかなかった。
「本当に智は謎の人だね?」
翔はそう言って、ふふっと笑う。
智はやっぱり何も言えなくて俯くだけだった。
「俺のことは何か聞いてる?」
翔が聞く。
智は小さく頷いた。
「そっか。怠け者だって言ってた?」
そう翔は自虐的に言って、ふっと笑う。
智はそんなことないとブルブルと首を振る。
「いや、ほんと俺怠け者なんだ。
なんにもしたくないし、できないし、考えられない」
そう言って翔は遠くを見つめた。
智はやっぱり何も言えず、ただその横顔を見つめた。
「俺、結婚してたんだ」
「……」
「まあ親に無理やり進められてなんだけどね。
政略結婚ってやつ」
ある日、いつものように翔とベンチに座り話をしていると
突然そんな話をしてくる。
智は何でそんな話をしてくるのだろうと
翔の横顔を見つめた。
「だから最初はお互いぎこちなかったし
話もしないしって感じでさ」
「……」
「でもいい子でさ。
おとなしいけどしっかりしてて。
あ~この子と結婚できてよかったなって思ってたの」
「……」
翔はそんな智に気にする風でもなく
話を続ける。
「で、そうこうしているうちに赤ちゃんが生まれてさ。
女の子。
可愛くてね。
もう毎日がバラ色っていうの?
幸せで幸せで」
「……」
そう言ったまま翔は黙ってしまった。
智は黙ったまま、翔のその端正な横顔を見つめる。
「そん時はこの幸せがずっと続くもんだと
疑いもしなかったんだよね」
「……」
「幸せで幸せで。
この子はこのまま
一人で立ち上がる事ができるようになって
話せるようになって
歩けるようになって
遊べるようになって
走れるようになって……」
「……」
「……それがまさか、一瞬にしてなくなってしまうなんて思いもしなかった」
「……」
そう言うと翔は遠くを見つめた。
智はどうしていいか分からず
その姿をただただ見つめた。
そしてマサキが言ってた悲しい出来事
という言葉を思い出していた。
翔には何もかも投げ出してしまいたいくらい
無気力になってしまう悲しい出来事があったのだろう。
でも智にはそれを慰める術も言葉もなく
ただ見つめることしかできなかった。
それからしばらく翔は姿を見せなかった。
この日はマサキは親戚の家に行くということで
小屋には智しかいなかった。
その日の夜、
コンコンとノックの音がするので
扉を開けるとそこには翔が立っていた。
あの日以来久々に見る翔の姿だった。
でもいつもと様子が明らかに違う。
酒臭くかなり酔っている様子だった。
「智?」
「……」
その翔のいつもと様子が明らかに違う姿に不安を覚える。
「相変わらず何も言わないでやんの」
「……」
「なぁ、なんか言えよ、言ってくれよ」
「……」
そう言って壁をどんと叩いた。
酔っている。
怖くなりその場から逃げようとすると
翔が腕を掴む。
智はそれを振り払おうとするが
翔の力が強く振り払うことができない。
怖い、怖い、怖い。
心臓がドキドキしている。
こんな怖い顔の翔を見るのは初めてだった。
ただただこの場から逃げたいその一心で
振り払おうとするが翔の手ががっしりと
腕を掴んでいてできない。
『お願い、離して』
声にならない。
なんでこんな事を。
怖さで身体が縮み上がる。
「なんで逃げようとすんだよ」
「……」
翔はイライラと言葉を投げつけるように言葉を吐く。
智にはただ恐怖しかなかった。
「なんでそんな顔すんの」
いつもの穏やかで優しい翔とは別人だった。
いつもの翔じゃない。
恐怖に智は震える。
『やめて』
翔は智をベッドに投げつけ、乱暴に服を剥ぎとる。
翔の目はいつもの優しい翔の目ではなかった。
全身の痛みで目が覚めると
もう小屋には朝日が差し込んできていた。
昨日の夜のことを思い出し身体が震える。
それでもなんとか起き上がり服を纏う。
腕を見るとアザが出来ていた。
翔はもうその場にはいなかった。
何で翔はあんなことを。
智にはわからなかった。
ただ怖いのと身体中が痛いのと。
小屋に一人でいるのも昨夜のことを思い出し辛く
全身の痛みが残る中身体を引きずるようにして
海岸に向かい歩いていく。
なんとか海岸にたどり着くと
座って海を眺める。
自分が生まれ育った場所。
しばらく何も考えることができず海を眺めていたら
カズがひょこっと顔を出した。
「どうしたの、そんな辛そうな顔して」
カズが心配そうに聞く。
「……」
「やっぱ人間界は怖いところなんだね?」
智が何も言えないでいると
カズはため息混じりにそう言った。
「もう気が済んだでしょ? こっちに戻っておいでよ」
その言葉に智は首を振った。
「そっか。でも辛くなったらいつでも戻ってきな。
父ちゃんも母ちゃんもみんな待ってるよ」
自分でも何でこんな思いまでして
人間界にいようとするのかよくわからない。
人間界のことはわかった。
確かに人間界にいても辛いことばかりかも知れない。
庭師のマサキはいい人だけど庭仕事はかなりの重労働だ。
しかも話すこともできず足の痛みも慣れたとは言え
まだ続いている。
そしてまた翔に同じような目に合わされるかもしれない。
でも智は戻る気はなかった。