決められたレールの上を走ってる。
きっと
これからも
決められたレールの上を走っていく。
今付き合っている彼女は大学の同級生だ。
2年前、偶然仕事の取引先で出会って
そのまま交際が始まった。
お互い26歳。
誕生日が来ると27歳になる。
そろそろ適齢期と言われるような年になって
彼女は結婚という二文字の空気を
惜しみなくバンバンと出してくる。
彼女には彼女の人生設計があるのだろう。
それをひしひしと感じながらもなぜか進めない。
学生時代は30歳くらいまでには結婚をして
家も買って、そして子供もいるだろうと漠然と思っていた。
でも、実際にその年齢に近づいてくると何か違う。
それは彼女が悪いわけでもなんでもない。
自分の気持ちが、心が、違うと訴えてくる。
同じ大学の同級生だった彼女。
家柄的にも性格的にも申し分なく家庭的で
親も大賛成してくれるだろう。
でも、心が違うと訴える。
決められたレールの上。
そしてレールの先にある人生。
それが彼女と歩む道で間違いないはずなのに
進めない何かがあって進む事が出来ない。
でもその何かが分からなくて
彼女からの結婚話をやんわりとかわす。
そのままレールの上を走っていけばいいだけの話なのに
なぜか立ち止まったまま動けないでいる。
「最近、上の空じゃない?」
「……え、そう?」
彼女が心配そうに聞く。
「そうだよ。全然、話、真剣に聞いてくれないし」
「そんな事ないよ」
彼女に安心するように笑いかける。
「そんな事なくないよ、何か会社で悩みでもあるの?」
「え? ないよ、ない」
でも、果たしてそれは正解なのだろうか?
そんなことを思いながら彼女の顔を見つめると
彼女は安心したようにニコッと笑った。
やっぱり
何かが違うと心が訴える。
順調な人生。
一流と言われる大学を卒業し
希望する仕事にも就いた。
忙しくも充実した毎日。
隣には綺麗な彼女もいて
将来はきっと周りが羨むような
素晴らしい人生が待っている。
ちゃんと、決められたレールの上を走っている。
後ろを振り向く事もなくただ前だけを向いて
何の躊躇いもなくレールの上を走っている。
「……」
何の、躊躇いもなく?
「人生に悩んでる顔してる」
ふいにそう言われて振り向くと
そこには大野さんがいた。
「……!」
大野さん?
何で大野さんがここに?
っていうか、今大野さんに話しかけられたのだろうか?
それさえも分からなくなって思わず二度見する。
大野さんとは同じ部署で働いているとはいえ
話すのはあの送別会の日以来だった。
もともと専門分野が違う大野さんとはあまり接点もなく
今までも話したことはなかった。
だからあまりにも驚いた顔をして見てしまったせいなのか
視線が合うと大野さんはおかしそうにくすっと笑った。
でも昼時でフロアにあまり人がいない状態だったとはいえ
わざわざ自分のところに来て話しかけたのかと思うと
何だか信じられなかった。
「茨の道に進もうかどうしようか悩んでる?」
「……え?」
茨の道?
茨の道ってどういう意味だろうか?
まさか彼女と進もうとしている道が茨の道とでもいうのだろうか。
意味が分からなくて大野さんの顔を見ると
大野さんはいたずらっ子みたいな顔でくすっと笑った。
もしかしてまた揶揄われているのかも知れない。
あの日も。
あの送別会の時も揶揄われたような気がしていた。
初めて大野さんと二人きりで話した日。
凄く緊張して何を言っていいかもわからなくなるくらい
頭の中が真っ白になったのに大野さんは全然余裕で
課長が膝の上に手を置いてきて重いんだよねぇと
驚くような事を言って平然と笑っていた。
その言葉にもびっくりだったのに
突然。
大野さんがじっと見つめてきて
そして顔を至近距離まで近づけてきた。
え? と驚いて固まったままでいると
大野さんは耳元に顔を近づけてささやいた。
あの時はびっくりして心臓が止まるかと思った。
そして驚いて何も言えず立ち尽くすだけの自分に
大野さんはふふって笑って
そのまま何事もなかったかのように行ってしまった。
突然の事に呆然として
胸がドキドキして
顔が真っ赤になって
しばらくその場から動けなくて立ち尽くしていた。
でも何とか平静を取り戻して会場に戻ると
大野さんと視線が合った。
大野さんは何事もなかったみたいにふふっと笑った。
そしていつの間にかその姿はなくなっていた。
その後も仕事場でも気になってつい大野さんに
視線を送ってしまうのだけど
大野さんは全然気にしていないようで
たまに視線が重なってもすぐかわされてしまっていた。
だからきっと気にしているのは自分だけで
自分の反応を見てただ面白がっていただけなのだと
そう思っていた。
「別に、悩んでなんていません」
「ふふっそうなんだ?」
だからまた戸惑うようなことを言って
自分の反応を見て面白がっているだけなんだと
むっとしながら答えると大野さんは、
気にすることなくそう言ってくすっと笑うと行ってしまった。
その姿を見つめながらやっぱりまた揶揄われたのだと思った。
あの後何だか大野さんの存在が気になり
気付くと大野さんの事を見つめてしまっていた。
そして大野さんもきっとその視線に気づいていたのだろう。
だからまた面白がって話しかけてきたのだろう。
何だかそう思うとむかむかしてくる。
もう大野さんの事は見ないようにしよう。
気にしているからかえって面白がって揶揄われるのだ。
大野さんの事は気にしないし、見ない。
そう、心に固く決意した。
大野さんの事は何も知らない。
ただデザイン系の学校を卒業しずっとここの部署で働いていて
2年前から家庭の事情で契約社員に変わったという事だけしか知らない。
その家庭の事情が何なのかも大野さんがどういう人なのかも
何も知らない。
ただ、契約社員に変わってもその類まれなる才能を発揮し続け
他の社員からも信頼を得、人間的にも好かれているという事だけ。
全然愛想もよくないし自分から話しかけることもしないし
淡々と仕事をこなしているだけなのに
なぜか自然と人が寄って来て
いつも誰かから守られているような
そんな不思議な人という事だけ。
大野さんの事は気にしないようにしようと
心に固く決心していたはずなのにいつの間にか
また大野さんの事を考えていて見ていたらしい。
視線に気付いた大野さんが大野さんがこちらを見る。
いつもだったらすぐにそらされるその視線。
でも
今日は、違う。
なぜか
大野さんはそのまま視線をそらすこともせず
自分の事を見つめたまま
その美しい顔でふっと笑った。