あっという間に一か月が過ぎてしまいました。
頭の中にはあの話この話とあるのに
うまく文章に表現できないもどかしさに焦ります。
すみません。
炊事、洗濯、掃除
保育園への送り迎え
仕事関係のメールのチェックとその返事
予防接種
職場の歓送迎会
急な発熱、突然来る嘔吐
会社での仕事、家へ持ち込みの仕事
買い物
毎日持って帰ってくる保育園からの大量の洗濯物
お風呂の準備と寝かしつけ
連日行われる会議、会議、会議
保育園行事とお弁当作り
次々に貰ってくる感染症
保育園に行くための準備
親睦会という名の飲み会
仕上げ磨き
急に来る保育園からのお迎えの連絡
毎日の連絡帳の確認と記載
病院への受診…
毎日。
自分の事
カズの事
家の事。
定期的なこと
不定期なこと
当たり前のこと
突発的なこと。
やらなくてはならないこと
考えなくてはならないことが
山ほどある。
姉ちゃんが離婚すると聞いたのは2年前の冬の事だった。
カズもいたしとても信じられなかったけどそれは本当だった。
実家に戻った姉ちゃんは昔の姉ちゃんとは別人のようだった。
やせ細り表情も暗く、まるで仮面をかぶっているようだった。
そして変わってしまったのは表情や体型だけではなかった。
あれほど活発で元気だった人がほとんど動けなくなっていた。
病院にも通い薬を何種類も飲んでいたけどそれは一向に変わらなかった。
実家には脳梗塞で倒れた父もいた。
母ちゃんはその二人の世話で一杯でとてもカズの面倒まで
見られる余裕はなかった。
だから家族会議で姉ちゃんの病状が改善するまでの間
カズを施設に預けるしかないという結論になった。
でも、俺がそれは嫌だと言った。
子供を育てるなんて並大抵のことではないと
ましてや男の一人暮らしでそんなの無理に決まっていると
家族中から大反対された。
しかも自分が結婚したいと思った時にどうするのだと
姉ちゃんの病状はいつ改善するかもわからない。
相手に何と説明するのだと問い詰められた。
だから誰とも付き合うつもりもないし結婚するつもりもないと言った。
親や姉ちゃんはそんなの事あり得ないと言ったけど
でもそれは本当の気持ちだった。
今まで付き合った人も何人かいたけどそれが本当に好きで
付き合っていたのかというと違う。
いや、好きになろうと愛そうと努力したこともあった。
けど無理だった。
だから自分には人を愛する気持ちというのが欠落しているのだと思っていた。
だからこんな状態のまま人と付き合うのも失礼だと思ったし
ましてや結婚なんて考えられない。
自分はこのままずっと独身のまま生きていくのだと
そう決めていた。
そして何よりも大事なカズを施設に預けたくなかった。
もちろん本当に身寄りがない状態だったら仕方がないと思う。
でもそうではないのだ。実家では無理かもしれないけど自分がいる。
何とかできる。自分一人でもカズを守っていける。
育てていける。そう思っていた。
あの時までは。
この日は朝から身体がだるかった。
風邪を引いたらしい。
それにもともと貧血気味で学生の頃は朝礼の最中に何度も倒れ
酷い時は、そのはずみで顎を切り縫ったこともある。
最近色々あってあまり食事が進まなくなっていたせいもあるのだろうか
もともとあった貧血が悪化していたのかもしれない。
それに風邪が重なり思うように身体が動かない。
それでも何とか朝食を作りカズに食べさせた。
でも立ち上がるとクラクラして、とても保育園に
送っていけるような状態ではなかった。
ファミサポとかに登録をしておけば何とかなったのだろうが
そんな存在も知らなかったし知識もなかった。
何とかご飯を作って食べさせる。
でもそれで限界だった。
身体が言う事を聞かない。
動けない。だるくて、気持ち悪くて、とにかく横になっていたい。
気分はますます悪くなっていく。
とても起きてはいられなかった。
カズが心配そうに見つめる。
身体は限界だった。
それでも家族には頼れない。
自分で何とかするしかなかった。
でも起き上がると頭はクラクラして吐き気がする。
「ごめんな、今日は保育園お休み…」
「……」
そう言うと、カズは状況を察したのか小さく頷いた。
カズはこういう時決して我がままをを言わない。
本当は保育園に行きたいだろうにじっと押し黙って耐えている。
その姿を見て涙が出そうになった。
でも翌日も状況は変わらなかった。
何とか食事だけは作る。
カズは暇そうにしているが何も言わず、とっくに見飽きただろう
DVDをみたり絵本を読んだりそのへんにあるおもちゃで遊んでいる。
その姿を見るとまた胸が痛んだ。
何とか保育園に連れて行ってあげられれば気分転換もできただろうに
それさえもできず自分の都合でこの家の中に閉じ込めてしまっている。
その一人で遊んでいる姿を見るだけで胸が苦しかった。
でもどうにもならなかった。
部屋の中はどんどん荒れていった。
キッチンは片づけられない洗い物でぐちゃぐちゃだ。
家の事もカズの事もどうにもならない状態まで来ていた。
カズに見せれるDVDも絵本もとうになくなっている。
でも
もうダメだと、
もう限界だと、そう思った瞬間。
その人が現れた。
その人は何かを察したのか、ずかずかと部屋の中に入ってくる。
そして休んでいて下さいと言うと
テキパキと部屋を片づけ洗い物を始めた。
そしてそれが終わったかと思うと暇を持て余し
どうしようもなくなっていたカズを外へと連れ出してくれた。
正直言って自分の事だけなら何とでもなった。
別に食べなくても風呂に入らなくてもただ寝ていればいいのだから。
でも今は違う。
カズがいる。
何とかしてあげたいのにどうにもならないこの身体。
どうにかしてあげたいのにいう事をきかないこの身体。
悔しくて悲しくてどうにもならなかった時に現れたその人の事を
大袈裟でもなんでもなく天使だと思った。
これでやっとカズが外に出られる。
櫻井がカズを見てくれて気分転換をさせてくれると思っただけで
心からほっとして涙が出そうになった。
あまりにも安心したせいなのか、目を閉じると
そのまま深い眠りへと落ちた。
目が覚めると櫻井がベッドに食事を運んでくれた。
どうやらカズにも食べさせてくれたらしい。
その姿を見てまたほっとした。
そしてそのまままた夢の中に吸い込まれるように目を閉じた。
このような状況になってからカズの事が心配で心配で
思うように眠る事さえできていなかったせいだろうか。
目を閉じると信じられないくらいの勢いですぐに深い眠りへと入っていく。
櫻井がいてくれると思うだけで自分でもなぜだかわからないけど
凄く安心していた。
翌朝目覚めると部屋は綺麗に片づけられていた。
あれほどぐちゃぐちゃだったキッチンも綺麗になっている。
ふとリビングを見渡すとその片隅にカズと寄り添うように
櫻井が一緒に眠っていた。
その姿を見て何とも言えない気持ちになった。
それなのに目を覚ました櫻井はなんでもない事のように振る舞い話す。
その言葉に、その姿にまた何とも言えない気持ちになった。
思わずその身体にぎゅっと抱き着く。
張りつめていた糸がふっと切れてわんわんと
声を出して泣いてしまいそうだった。
どうにもならない身体。
何とかしたくてもどうにもできない自分。
ずっとカズの事をどうしたらいいのだろうと思っていた。
荒れていく部屋。
ぐちゃぐちゃになったキッチン。
一人でこの狭い部屋の中だけで遊ぶしかなかったカズ。
色々な思いが溢れ止まらなくなる。
その大きくて暖かい胸に縋りつきそうになった。
でも、と。
すぐに我に返る。
頼ってはダメだ。
甘えてはいけない、と。
この人はいずれ自分の家庭を作っていく人で
そこに自分はいないのだ。
この人はずっと自分と一緒にいる人ではない。
それなのに一緒にいたらどうしても自分が弱い時頼ってしまう。
同じような状況になった時に甘えてしまう。
その時に愛すべき家族と一緒にいるかも知れないのに。
だからここで断ち切らないといけないと思った。
当たり前のように一緒にいてくれると自分の心が甘えてしまう前に
今、ここで離れるしかないと思った。
そう思って、行動に示したのに
そう決意して、伝えたはずなのに
「このシチュー美味すぎ」
そう言って、その人は大きな口を開けて
子供みたいな顔をして一緒にシチューを食べている。
こんなにイケメンで頭も家柄もよくて
女の人にも苦労しなさそうなのに
なぜだか子供のいる男の俺がいいのだと言ってここにいる。
カズと3人で一緒に生きていきたいのだと言って一緒にいる。
こうして3人でいるのが何よりも幸せでそれ以外は
何もいらないのだと、そう言って笑っている。
こんなにすべてが揃っていて、いくらでも優秀で素晴らしい人と
幸せな家庭を作り歩んでいける人なのに
自分たちと一緒じゃないと意味がないのだと言ってここにいる。
休日は3人で一緒に公園に遊びに行く。
ブランコで遊んで
滑り台を滑って
追いかけっこして
小さな山に一緒に登って
砂場で山を作って
タイヤを飛び超えて
回る遊具でぐるぐる回る。
疲れたら公園を後にして3人で一緒に買い物をして帰る。
カズと手をつないで歩くのは俺で
買い物袋を持つのは翔。
料理を作るのは俺で
洗い物をするのは翔。
お風呂に入れるのは俺で
着替えを手伝うのは翔。
たまに車に乗って遠出する。
山に行って
海に行って
遊園地に行って
観光地に行って。
運転するのは翔で
ナビをするのは俺。
疲れてしまって車の中で寝てしまったカズを運ぶのは翔で
荷物を運ぶのは俺。
カズを布団に寝かせるのは翔で
布団をかけるのは俺。
二人で眠っているカズのその可愛らしい頬にチュッとキスをして
お互い顔を見合わせてくすっと笑って二人でその上でちゅっとキスをする。
突然の高熱に不安になって夜間救急外来に駆け込んだこともある。
何だかわからない全身の発疹に慌てて病院に行ったら
水疱瘡だから大丈夫だと笑われたこともある。
突然の高熱による保育園からの呼び出しに
不安を感じながら迎えに行ったこともある。
下痢嘔吐で一晩中寝ないで着替えをさせていたこともある。
自分で育てると決めたけど不安がなかったわけじゃない。
大変じゃなかったと言ったら嘘になる。
毎日本当に育てていけるのかと自問自答しながら生きてきた。
突然の病気やけが、訳のわからない発疹に
どうしたらいいのかわからず途方に暮れたこともある。
でも、今は横を向くと翔がいる。
「ずっと一緒にいる」
そうこちらの不安を察したように翔は笑いかける。
「好き」
だからそう言ってその身体にギュッと抱き着くと
翔は大丈夫だよというように優しく包み込むように
抱きしめ返してくれる。
そして
「ずっとこうしていたい」
掠れた声でそう言ってその包み込んでいる腕に力を込めてくる。
上を見上げると翔の綺麗な顔があって目が合うと
クサかったかなと照れくさそうに笑う。
「ありがと…」
だから首を横に振ってその綺麗な顔を見つめると
何がって不思議そうな顔をする。
でも知らないでしょ?
どんなに一緒にいてくれる事に感謝しているか。
その存在がどれだけ支えになっているか。
ずっと一人で育てていかなければならないと気を張って生きてきた。
甘えてはダメだと、頼ってはダメだと
信じれるものは自分しかないのだからと
どんなことがあっても、訳の分からない何かがあっても
一人で対処するしかなかった。
それがどんなに不安で心細かったか。
でも今は違う。
頼ってもいいと。ずっと一緒にいると。
その言葉にその存在にどれだけ心が救われているか
あなたはきっとわかってはいないでしょう。
カズは可愛くてかけがえのない存在だ。
だからこそ、その背負いきれない何かに打ちのめされそうになった事もある。
負けそうになったこともある。
でも、今は違う。
あなたが隣にいて
ずっと一緒にいるとそう言って笑ってくれるから心がすっと軽くなった。
安心して眠れるようになった。
「愛している」
その人が言う。
「俺も」
今まで人を好きになんてなったことなかった。
愛したことなんてなかった。
だからずっと人を愛せないんだと思っていた。
でも違った。
愛する人がいなかっただけだった。
カズとはまた別のこんなにも愛おしい存在。
翔が唇を近づけてくる。
だからそれに応じるように口を開く。
ゆっくりとその唇が重なってくる。
その口の動きを感じながら抱きしめあって
見つめあってお互いのその存在を確認しあう。
「ずっと一緒にいる」
唇が離れるとその大きな目で見つめ
まるで強い信念を持ったかのようにそう言う。
絵本を読むのは俺で
字を教えるのは翔。
寝かしつけるのは俺で
お昼寝の相手をするのは翔。
逆上がりの練習を手伝うのは俺で
追いかけっこをするのは翔。
休日には手をつないで一緒に公園に行って
一緒に遊んで
一緒に買い物に行って
一緒にご飯を食べて
一緒にDVDを見ながらのんびり過ごす。
平日病気になったカズを病院に連れて行くのは俺で
家の事をしている時に看病するのは翔。
毎日の保育園の送り迎えは俺で
帰ってからの相手は翔。
毎日。
一緒に笑って
一緒に遊んで
一緒に勉強して
それが、いつもの日常
普通の日。
そして
カズが学校に行くようになったら
勉強を教えるのは翔で
運動を教えるのは俺。
楽器や音符を教えるのは翔で
歌を教えるのは俺っていう風になるのかな?
これからも、ずっと一緒
それが、当たり前の日常。
それが、普通の日。