智が勤めていたデザイン事務所を辞めると聞いたのは
働き始めてまだ数年もたっていない時の事だった。
でも才能があるというだけでは難しく厳しい世界。
だから誰もがフリーになるには早すぎるのではないかと心配していた。
でもそんなみんなの心配をよそに智はあっさりとそのデザイン事務所を辞めると
バーテンダーとして働き始めた。
智がバーテン?
最初はその意外過ぎるバイト内容に驚きもしたけど
何でも器用にこなしてしまうその美しい手。
そして智の持つ芸術的なセンスと才能。
そして何より人と接する時の柔らかな雰囲気が智に合っているような気がした。
その店は数人入ればもう一杯という小さなバーだった。
開店当時からの雰囲気がそのまま残っているそのバーは、静かでセンスの良い音楽が流れ
そして昔から慣れ親しんだお客さんが、以前と同じようにその雰囲気と酒を楽しむ。
智はその伯父さん時代からの店の雰囲気を守り大事にしていた。
そのせいか限られた人にしかこの場所で働いていることを言わなかった。
だから俺たちはあまり頻回に訪れるようなことはせず特別な時にだけ訪れ
そして訪れた時は雰囲気を壊さぬよう他の客と同じように過ごした。
その智の働くバーの扉の前に立つ。
扉は木で造られた重厚な扉でその扉を見るだけでいつもワクワクした。
そしてその扉を開けるとそこには別世界が広がる。
少し年代を感じるクラッシックな雰囲気。
そして趣があって大人な空気。
その雰囲気も、空気も、照明も、装飾もそこにあるすべてが大好きだった。
そして何よりそこには大好きな智がいた。
そして智が自分のためにとカクテルを作ってくれるその姿が見れた。
そしてその智の作ってくれたカクテルを味わう事ができた。
そう、そこは特別な時にだけ訪れる最高のひと時。
そして、今日。
大きな仕事が決まったそのご褒美にと、この場所へやってきた。
その扉を開くといつものようにカランコロンと心地の良い鐘の音がなって
それに気づいた智が振り向く。
智はいつも特別な日にしかここに訪れないせいか優しく迎え入れてくれる。
でも。
この日は何か違ったような気がした。
俺の顔を見て智が一瞬驚いた顔をして目を大きく見開いた。
でもそれは一瞬ですぐにいつもの表情に戻った。
「……?」
なにかがおかしいと、そう思いながらも空いている一番手前の席に座った。
智は何もなかったような顔をして振る舞う。
でもやっぱり何かが違うような気がした。
何かあった?
何かはわからないが嫌な予感がした。
でも店内はあまり変わりはないように思えた。
そして、客層も。
でも、いつもと違う雰囲気。
いつもと違う空気。
小さな店内を見渡すと、そこには数人の常連客らしい客が
いつものように静かに酒と音楽を楽しんでいた。
そこに、いつもの常連客とはまた違う、どこか見覚えのある顔があった。
「……!」
あれは、もしかしてサクライショウ?
なぜあいつがここに?
確かこないだの高校の同窓会でもちらっとその姿を見た。
でもそんなに長居することなく帰ってしまったし、智と話をした気配もなかった。
それなのになぜその櫻井がここにいるのか。
あの櫻井が。
あれから。
いや、あの日から。
智と櫻井の接点はなくなっていたと思っていた。
いやその前からほとんど二人には接点なんてなかった。
話しているところを見たこともなかったし、接しているところも見た事がなかった。
そしてそれは卒業まで、そして卒業してからも変わらなかったはずだった。
それなのになぜ彼がここにいるのか?
たまたま彼の入ったバーがここだったということか?
でも。
智もまた俺が櫻井がそこにいるという事に気付いたのがわかったはずなのに、何も言わなかった。
そして。
それを見て自分の心が踊り出したのがわかった。
もうとっくの昔に諦めていた智への思いが動き出して止まらなくなる。
智の事は随分と前に諦めたはずだったのに。
そして大切な友達として一緒にいようと決めていたのに。
なのに今。
ここで櫻井を見た瞬間。
その思いはガラガラと音を立てて崩れていった。
高校時代、智が櫻井の事をずっと気にしている事を知っていた。
多分好きだったのだろうと思う。
いつも、いつでも智の視線は櫻井に向けられていた。
クラスで、渡り廊下で、校庭で、廊下で、中庭で
智がいつも櫻井の事を見ていた事を知っていた。
いつも智の事を見ていたから知っていた。
でも智はいつも櫻井の事を、そして櫻井の見ていたものを見ていただけだった。
でもあの日。
あの日、薄暗くなった教室で一人、智が窓の外を見ながら佇んでいた。
声をかけると泣きそうな顔で振り向く。
何かあったんだろうと思った。
でも何があったかはわからなかった。
深くも追及しなかった。
でもその日から智の視線は櫻井の事を追わなくなった。
櫻井の事も、そして櫻井がいつも見ていた中庭も見ることはなくなった。
そしてそのまま卒業までそれは続いた。
もちろん話すこともなく在学中を過ごし、そしてその後も接点はなかったはずだ。
そしてあの時の同窓会でも接点は、なかった。
それなのになぜ?
また心がザワザワと音を立てる。
櫻井と智の間には業務上の会話以外にはなく、ただのバーテンと客のように見えた。
でも。
それがかえって不自然な気もした。
たまたま櫻井の入ったバーに智がいただけなのか?
こんな星の数ほどあるバーでたまたま?
そんなんことがあり得るだろうか。
嫌な予感がした。
そしてあの一瞬だけ見せた智の表情。
やっぱり何かがあるのだろうと思った。
「櫻井が来てたみたいけど?」
「え、あ、櫻 井? 来てた?」
閉店間近になり店の中には智と二人だけになった。
「うん来てた。よく来てるの、この店に?」
「いや、え? どうだったかな?」
智に何げなくそう話しかけると、智は明らかに動揺した。
「どうって、わかるでしょ?」
「もうそんなのどうだっていいじゃん。それより今日はなんかいい事あったの?」
誤魔化しているというか、明らかに何かを隠しているというか。
必死に会話をかわそうとしているのがわかった。
その智の様子を見ながら。
そしてあの櫻井の少し慣れた様子から何度かここに来ているのだろう。
そう確信した。
「ああ、今度映画に出ることになって…」
「すげえぇ映画⁉ 俳優さんじゃん」
俺の特別な日しか訪れる事ができない大切なこの場所に
櫻井は何度かここに来ていたのだ。
「まあ、まだチョイ役で俳優とも言えないんだけどね」
「でもそういう芸能の仕事、松潤に凄く向いてる気がする」
「いや、俺なんかより本当は智みたいな方が向いてるだろうけどね」
「え~俺?」
そして帰り際。
俺がずっと櫻井を見ていたせいか俺に気付いて櫻井は一瞬驚いた表情を浮かべた。
でも、特に気にする様子もなく頭を少し下げ会釈をするとそのまま帰っていった。
明らかに何かありそうなのにお互い何もなさそうに振る舞う二人。
その行動のすべてが不自然なような気がした。
「そうだよ前に文化祭で披露してたダンスなんて凄かったじゃん?」
「みんな白けてたけど…」
しかもそれは俺がいるからというわけではない。
櫻井は帰る間際まで俺の存在には全く気付いていなかった。
だから余計二人の関係が分からなくて俺を困惑させる。
「違うあれはしらけて静かになったんじゃない。
あまりの凄さにみんな圧倒されて声が出なかっただけ」
「え~何か会場中がシーンってなって俺超恥ずかしかったもん」
そう言ってプーと頬を膨らませる。
その顔が可愛らしいなと思う。
「それだけみんな魅了されてたんだよ?」
「え~魅了って」
ずっと好きだった。
その顔も。
その智の持つ雰囲気も。
そして智の踊るダンスも。
「それに運動神経だって抜群だし才能の塊だし、それに可愛い顔もしてるし」
「可愛くねえし」
その羨ましいほどの才能も。
そしてそれをひけらかさないところも。
「いやいやジャニーズ顔っていうの? してるよ」
「え~それは松潤でしょ」
そういうとおかしそうにくすくす笑う。
「ふふっそう言えばあそこの事務所って昔バク転ができないと入れないって噂があってさ~」
「ふふっ松潤はできる?」
「できないっていうか、やらない」
ずっとずっと好きだったけど、その思いを封印してきた。
「ふふっでも松潤だったら、バク転とか関係なく一発で顔パスだろうね~」
「ふふっ俺の顔になりたい?」
この関係が壊れてしまうのが怖かったから
こんな風にくだらない事を話せるような友達としていたかったから。
ただ一緒にいられればいいとそう思っていたから。
「それは、」
「なんだよ?」
「ちょっと濃すぎるかなって」
「ひでえ」
でも。
やっぱり好き。
その顔を見てやっぱり好きだと思う。
一緒にくだらない事を話しているこういう瞬間も大好きだけど
友達としてだけじゃなく好きだと思う。
どんなに綺麗な人たちに囲まれていても
どんなに美しい彼女がいても智は別だと思う。
智がそんな話をしながらカウンターの向こう側から
俺の飲んでいたグラスを片づけようと手を伸ばしてくる。
その手を、掴んだ。
「……!」
智がびっくりした顔で俺の顔を見た。
「智、好きだよ?」
「……え?」
そして智の顔を見つめそうつぶやくと
智は意外そうな顔をした。
その意外そうな顔にずっと伝えてきたのになと思う。
何度も伝えてきたのになと思う。
「智は?」
「だって、彼女 いるじゃん」
そう言って困惑の表情を浮かべる。
「うん、いる。でもずっと好き、今も好き」
何度も好きだと伝えてきたし、キスもした。
でも智にはいつも届かなかった。
「俺じゃ、ダメなの?」
「……」
だから友達でいようとその思いを封印してきた。
「それとも、やっぱり…」
「……」
「やっぱりまだあいつが…櫻井翔がいいの?」
ずっと好きだったけど大切な友達でいようとした。
だけど。
あいつが。
サクライショウが。
智の腕を強く掴んだままそう呟くと、
智の瞳がゆらゆらと揺れた。
おまけ VS嵐2時間SP
「こないだのVS録ってある?」
「もちろん」
「翔くんは偉いよね、いつもちゃんと録ってあって」
「まあ」
そう言いながらリモコンを手渡し酒の準備をしていると
んふふっと可愛らしい笑い声が聞こえた。
「これあの時の?」
「うん見たかったの」
「ババ抜きを?」
だからどうしたのだろうと智くんの横に座ると
そこにはババ抜きの映像が映し出されていた。
しかもそれは。
『俺何か東出くんの気がするんだよなぁ~何か持ってそうな雰囲気がする~』
と言いながら一発目でババを引いている映像。
「ちょっこれ恥ずかしいんですけど」
「え~そんなこと言わずによくみて~かわいい~」
そのあまりにも間抜けな映像にそう言って抗議すると
それを嬉しそうに見ながらゲラゲラ笑っている。
いやいや全然可愛くねえし。
めちゃくちゃ恥ずかしいし。
よく見て~じゃないし。
「でねでね~」
しかもそれを見たかと思うとまたまたウキウキしながら早送りをし見せてくれる映像には
『持っていないでしょ~』
最終決戦でそう言いながらまたしても一発目でババを引いている俺の姿。
「ちょっと~」
恥ずかし過ぎるでしょ~。
しかもこちらの思いとは裏腹に智くんはそれを見ながらみてみてかわいい~みてみて~と言って
アハハと笑っている。
いやいや見させられてますし。
それ俺だし。
実際やってたし。
知ってるし。
「かわいい~翔くん可愛いよ~」
だから凄~く喜んでくださっていますがこちらとしては複雑な気分。
「俺こういう翔くん好き~大好き~」
こういうってこういうってどういう?
しかも大好きとまで言われてますが。
「俺確信した。次は翔くんが最弱王だね~」
そして何だか断言してるし。
「いや、それは絶対嫌です」
「え~可愛いのに」
「可愛くありません」
そう言いながらもおかしそうに笑っているその姿を見ながら
ちょっと恥ずかしくて複雑な気分だったけど凄く喜んでくれているし凄くかわいいからまあいっかと思った。