yama room

山コンビ大好き。

ブログではなくて妄想の世界です。

きらり

山 短編 13【後】

2018-12-20 16:23:20 | 短編









なぜ引き留めてしまったのだろう。





こんな立場でこんな時に、こんな事言うべきではないのになぜ伝えてしまったのか。


現実に戻り後悔で何も言えない俺に、大野さんが静かな眼差しを向ける。


そしてなぜか大野さんはおもむろに手を差し伸ばしてきた。


目の前には綺麗な大野さんの手。


まさか。


まさか握手をしてくれるという事?
俺がファンだと言ったから?
本当はこんな時にこんなことを言ってはいけなかったのに。
色々な思いが駆け巡る。


大野さんは静かに俺の事を見ている。
その大野さんに躊躇いながらも恐る恐る手を差し出すと、ぎゅっと俺の手を握ってくれた。


目の前には大野さん。
そして大野さんの綺麗な手。
そしてその大野さんと握手している。
その考えられないようなこの状況に心臓はバクバク言っている。


でも立場を考えず伝えてしまったこと。
そしてその事で差し伸べられた手。
頭の中は反省と後悔。
そしてその反面、嬉しさと緊張で一杯だった。


そんな俺に突然大野さんが手を掴んだまま、グイっと自分の方に引き寄せた。
その行動に思わず身体がよろけ大野さんの方に身体が傾いた。
それを大野さんが支えてくれて、ちょうどハグをしているみたいな体勢になった。


大野さんの身体と密着した身体がカッと熱くなる。
何がどうなっているのか分からない。
慌ててすみませんと謝って身体を離そうとした。
でもなぜか大野さんは気にするそぶりもなく、その体勢のまま俺の背中を優しくポンポンとしてくれる。


もう何が何だかわからない。
今何が行われているのかさえ分からない。
思考能力は完全に停止している。
色々な思いがまじりあって何も考えられない。


「ありがとう」


身体がゆっくりと離れ呆然としている俺に大野さんがニコッと笑ってそう言った。













そして。









「話すとここにえくぼできるんだね、俺の姉ちゃんと一緒」


首を傾け俺の顔を覗き込んできたので何だろうとドキドキしていたら
そう言って自身の頬にちょんちょんと指で弾いた。


「え、あ、そ、そうなんですか、こ、こ、光栄です」


まさかそんな事を言われるなんて思わなかった。
それよりなによりも握手してハグしてくれたことが自分の中で大きすぎて、
今は何を言われてもとても思考能力が追い付かない。


「んふふっだから何か親近感」


それなのに、


大野さんがそう言って、んふふっと可愛らしく笑った。












って、親近感?


今、親近感って言った?


「智く~ん」


遠くで大野さんを呼ぶ声がした。


「あ、」


気付いた大野さんも声の方を見る。


「もう出るってー」

「翔くん」


櫻井さんだ。


櫻井さんがハアハア言いながら駆け寄ってくる。
それを嬉しそうに見つめる大野さん。


「はーあちー」

「ねー」


暑い中は走ってきた櫻井さんは汗を拭いながら、あちーとか言ってる
それを優しそうな眼差しで、ねーと言いながら見つめる大野さん。
途端にここの空間はふんわりとした空気に包まれた。
メンバー同士仲がいいとは聞いていたが、同じグループの人がいるだけで
こんなにも空気が変わるんだなと半ば感心しつつ二人を交互に見る。


「あれ? 何か話してた?」


俺の存在に気付いた櫻井さんが大野さんに聞く。
そしてその言葉に大野さんが俺の顔を見た。














二人して俺の顔を見る。


その二人の美しい顔を交互に見つめ返しながら話してしまうのだろうな、と思った。


そして、二人で男の俺にファンだの好きだの言われちゃったと言って、笑うのだろうなと思った。


「ううん、別に。可愛い顔してる子がいたからジュニアかなって話しかけてたの」


でも、違った。


「ここにジュニアの子がいて、トンカチ持っているわけないでしょ~」

「そっかあ」

「ふふっそうだよ。それにお仕事の邪魔しちゃだめでしょ」

「んふふっ」


それより何だか二人の空気感がほんのり甘くて優しくて
そこにいるはずの俺の存在なんてすっかり忘れ去られ空気のような存在になった。


「もう車出るっていうから行こ?」

「うん、じゃあ、お仕事頑張ってね」


その言葉に大野さんが俺に優しく頑張ってねと言ってバイバイと手を振ってくれる。
そして櫻井さんもよろしくねなんて言ってくれていい人たちだなと思った。


でもそれよりなにより何だか二人が。二人の空気が。
やっぱり甘くて優しくてふんわりとした空気に包まれていた。
そしてそのふんわりとした空気を残したまま仲良く話をしながら去っていく二人の姿。
その姿をいつまでも見ていた。























仕事を終え家でまったりと過ごす時間。


「何だか今日えらいご機嫌じゃない?」

「え? そう?」


何だかいつになく機嫌がいいというかニコニコしているというか。


「そうだよ、なんかいい事あった?」

「ううん、ない」

「本当?」

「うん」

「そう言えば今日下見に行った時話しているのを見て思ったけど、
智くんっていつの間にか大道具さんとかと仲良くなってたりするよね」

「そうかな?」

「そうだよ」

「あんま気にした事ないけど」

「だから余計心配なんだよね、ふわふわしてるし」

「してねえよ」

「ふふっ」


そう智くんは言うけど今日だってなんか凄く親しげに話してなかった?
遠くでよく見えなかったけど何だか距離も近かったような。


「でもさあ男の人にファンって言われると嬉しいものだよね~」


そう思っていたらそんな事を言い出す。


「は? いつ? どこで? どんな状況で、どんな風に言われたの?」

「え~」

「え~じゃないでしょ。で、いつどこでどんな状況で言われたの?」


これは確認しとかなければいかん。


「んふふっ内緒だよ~」

「内緒って、もしかして今日のあの時?」

「え~」


その言葉に智くんは否定も肯定もしない。
ビンゴだなと思った。


「ちょっそれ職権乱用じゃね?」

「職権乱用って…」


智くんが呆れた顔をする。


「許さん」

「もー翔くんたらあ」


だって心配なんだよ。
ふわふわふわふわ。
いつでもどこでも誰にも好かれて愛されて。


一緒にいる人はもちろん共演者スタッフにもすぐに好感持たれて。
それでなくても今はドラマをやってるから可憐で儚くて、どこかにふわふわ飛んで行ってしまいそうなんだし。
それに今日話してた子ってなかなかのイケメンじゃなかった?













「知ってるでしょ? 俺は翔くんがいないとダメだって」

「知ってる けどさ」


そんな事を思っていたら智くんがよいしょと言って俺の膝の上にのってきた。


「男の子からファンですって言われると嬉しくない?」


そして首を傾け可愛らしい顔で聞いてくる。


「まあ確かに」


それはよくわかる。
女の子から言われるのももちろんうれしいけど男の人から言われると格別というか。
不思議と特別な嬉しさがあるんだよね。


「うん。それに可愛い子だったし」

「ちょっ可愛いって」


でも、やっぱり、聞きずてならん。


「またあ」

「だって心配なんだもん」


確かに可愛い顔をしていたし。
何というかファンの子が自分に向けられる思いと、智くんに向けられる思いが違う気がする時があるんだよね。
スタッフさんにしても共演者の方もそうだけど
ファンとか好きって言ってもその本気度が違うというか。
好きの度合いが違うというか。
そして多分それを本人は全然わかっていないと思うけど。
今までそれをたくさん目の当たりにしてきたせいもあるのか、そのたびに不安になってしまう。


「まあ、そんな翔くんも好きだけど」


そう言ってくすくす笑う。


「そんなって…」

「んふふっ好き」

「俺もだけどさ」


そして膝にのったまま腕を回しちゅっとキスをしてくる。
それに応えるように腰に手を回すと、智くんがニコッと笑う。
それを合図に何度も角度を変えキスをする。


こんなに近くにいて、こんなにキスしているのにね。
そう思いながら顔を見つめると智くんが何が不安なのって顔をして
俺の頬をぎゅっと包み込んだ。
そしてニッと笑うと包み込んだまま唇を重ね深いキスをしてくる。
だからそれに応えるように膝の上にのっている智くんのその華奢な身体を強く抱きしめ
そしてまた深いキスをした。






















遠くから見つめるそのステージは偶然にもあの時と同じ楽曲で


あの時と同じように可憐に美しく舞い踊る。


それを見つめながらあの時の事を思い出していた。


夢みたいなできごと。


話をして


好きだと言ったら


握手をしてくれて


そして


ハグをしてくれた。








本当は彼らのステージ。


そこで働くバイトの俺がそんな事を言ってはいけないのに


大野さんはありがとうと言ってくれて


そしてえくぼが姉ちゃんと一緒と言って俺に笑いかけてくれた。


そんな夢みたいなできごと。








大きなこのステージ。


会場には7万人を超えるファンの人がいる。


そんな中、


前を通り過ぎるとき大野さんが俺に気付いたような気がした。


まさか。


これだけたくさんの人がいるのに気付くはずなんてない。


前の方だとはいえスタンド席だ。





そう思ったけど。






あの時と同じように俺の顔を見て左の頬をちょんちょんと指で弾いた。


その可愛らしい仕草に周りのファンの子達がキャーと歓声を上げた。


あの時、俺の姉ちゃんと同じところにえくぼができるんだと言ってくれた時と同じ仕草。


まさか俺の事に気付いてくれた?


まさかその時の会話を覚えていてくれた?






顔が、胸が、身体が、熱くなる。








大野さんとどうこうなりたい訳じゃない。


手が届かない存在だって知ってる。


ましてや男の俺にファンだの好きだの言われても困るだけだろう。





でも。






大野さんを知ってから


大野さんの生き様を見るたびに


大野さんの仕事に向き合う姿勢を知るたびに


大袈裟だと言われるかも知れないけど、人生が変わった。








何に対しても無関心で無感動で


まるで白黒の廃墟の世界で生きていた俺に


光をくれて、


色を与えてくれた。








思い切って大野さんに向かって手を振ると




それに気づいた大野さんがニコッと笑って、手を振り返してくれた。









周りのキャーという歓声が遠くに聞こえる。











そして、その姿にまた恋をした。












山 短編 13【前】

2018-12-20 15:33:30 | 短編










あれよあれよという間に




5×20コンも始まり




誕生日も過ぎ




12月も後半に突入してしまいました。





すみません。










少し昔のお話です。














すべてのものは自然へと帰っていく。





今、生きているものも。


今、使っているものも。


今、目の前にあるものも。





そして





今住んでいるこの家も。


通っている学校も。


いつも行くコンビニも。







人が住まなくなった家はやがて風化し、朽ち果て、土へと戻っていく。


そして植物にのみこまれ、浸食され、自然へと帰っていく。







地球上にあるすべてのものは、遠い未来。


自然へと帰っていく。




それなのになぜ人は生き創造し続けるのだろう。





そんな事を毎日考えながら生きていた。


生きる意味も見いだせず


勉強する意味も分からず


かろうじて学校には行っていたけど


無気力で


無感動で


ただ惰性で生きていたあの頃。
















曇天とはいえ明るかった空がだんだんと薄暗くなっていく。


そこからますます色を変え刻一刻と濃さを増していく。


そんな空の移り変わりと、


その中心で歌い踊る人たちと、


その人たちを取り囲むたくさんの人と、


その裏で動いている大勢のスタッフの姿を、ぼんやりと眺めていた。









5年前の夏。




初めて行ったその場所で、初めての恋をした。











それはまだ暑さが残る9月の始めの出来事だった。


その日は朝から母ちゃんが電話で何だか騒いでいるなとは思っていた。


でもその事が、後々自分の身に影響を及ぼすことになるなんて


この時はこれぽっちも思ってはいなかった。









「もったいないでしょ?」

「そんなの俺知らねえし」

「だって国立だよ? アリーナだよ? こんな奇跡もう二度と起きないよ?」


いやいやいや。
国立って言ったって俺はそれほどサッカー信者じゃねえし。
それにアリーナって別に俺には関係ないし。
そもそも俺はアイドルなんて興味ねえし。
ましてや男の俺が男のアイドルグループをなぜ見に行かなければならないのか。
だいたいいつも一緒にコンサートに行ってる友達がいけなくなったって、そんなの俺知らねえし。
アリーナやドームは慣れてるけど国立は初めてなのって知らねーよ。


「いいから行くの」

「ヤダよ、何で俺が?」

「どうせ家にいても何もしてないでしょっ」

「してるよっ俺は忙しいんだよ」

「ぼーっとしてるだけでしょっ」



そんな事を言い合いながらもなぜか今、俺はここにいる。










かつてオリンピックが行われたというこの場所に。
目指す場所はみな同じなのであろう満員電車に揺られ、
一定の方向に向かい歩いていくその大勢のその人波にのまれ、
母ちゃんからの1万円あげるとのその言葉につられ、ここにいる。


って、ほとんど女の子しかいねえし。
たとえ男の人がいたとしてもカップルだったり、友達同士だったり
俺みたいに母親と高校生の息子って、あんまり、いや全然いねえよ。
それでなくても野外公演なのに雨が降るって言われていて、憂鬱な気分この上ない。


こんな事だったら1万円なんて言葉につられず家にいたかった。
欲しいゲームの為についつい乗ってしまった事に、心の底から後悔していた。
なんとか大勢の人の波にもまれながらもその席に辿り着くと、はぁと大きなため息をつく。
ここまで辿り着くまでにも一苦労で、数日分の体力を消耗した気がする。
そんな事を思いながらその会場を見渡すと、物凄い人たちがそのステージを中心に取り囲んでいて
遠くにいる人がまるで米粒みたいに見えた。


凄い人数だ。180度見渡しても人、人、人。
上を見上げても人、人、人。とにかくその人の多さに圧倒される。
それまで人生とは何か、とか
全てのものは自然に帰るとか悩んでいた事なんて一瞬で吹っ飛んでしまうと思うほどの熱気。


しかも横を見ると母ちゃんは初めてのアリーナなんて言って泣いているし。
周りは妙に凄い熱気だし。
いや、電車の中からも、歩いている時も熱気はずっと感じていたけど
会場に入ってからはそれがよりダイレクトに感じられる。


そんな中、一人取り残されたような気分になっていた。
まるでこの世界に異質なのは自分だけのような気分になってくる。
圧倒されきょろきょろと周りを見渡す事しかできない。
やっぱり自分だけが異質な存在な気がした。
















そうこうしている間に時間となりステージが始まった。



キャーと悲鳴に近い歓声が上がる。
それを冷静に見つめる俺。
周りと自分との温度差に一人だけ別世界にいるみたいな感じがして、孤独な気分だった。


でも悲しい事に、母ちゃんが家事をしながらずっと曲をかけてたし
リビングではテレビの前を陣取り、歌番組やらコンサートDVDやらいつも見ていたので自然と覚えていた。
でもだからって周りの人たちみたいに盛り上がれるはずもなく
ぼんやりとその中心で歌い踊っている姿を見つめ
周りの熱狂的なファンの人たちの姿を眺め
遠くに見える人達の姿を見
スタッフらしき人達が必死に働いている姿を見つめ
そして刻一刻と移り変わってゆく空を眺めていた。


舞台は最高潮に盛り上がっていた。
それとともにだんだんと日が暮れ周りが暗くなってくる。
ステージの照明が灯され会場がますます盛り上がっていく。
それでも自分だけはまだそこに取り残されたままで、
時折空を眺めながら雨が降らなきゃいいな、なんて思っていた。





周りは黄色い歓声で溢れている。




そして




それは終わるまでずっと続くのだろうと、




そう少しうんざりした気持ちでそのステージを見ていた。




でも。




その曲が流れ始めると一変した空気。




いや、本当はどうだったかわからない。




自分自身だけがそう感じただけなのかもしれない。




だけど、その時、空気が一瞬変わったような気がした。



それまで悲鳴に近い歓声が上がっていた会場が、シーンと静まり返る。
その空気の変化を感じてそのステージを見つめた。
それはまるで流れるような綺麗な動き。
その流れるようなダンスから目が離せなくなる。
そして高音で奏でられる透き通るような歌声。
いや、それまでもその人の声を聞くたび綺麗な声をしているなとは思っていた。



でも。



歌いながら踊るその姿があまりにも綺麗で目が離せなくなる。
そしてさっきまでキャーキャー言っていた周りの人の手も止まって見入っている。
そして近くを通り過ぎる時マイクを通さない歌っている声が聞こえた。
その声に圧倒される。
この大きな会場に高音が響き渡る。


動き一つ一つが美しく圧倒的なパフォーマンスに周りもみな放心状態だ。
でもこの時多分俺が一番放心状態だったと思う。
その情感込めて歌うその高音で透き通るような美しい声と
指先足先まで綺麗に映るダンスの美しさと
その人の持つその存在の美しさに夢中になった。










それからは何があったか覚えていない。


どうやって家に辿り着いたのかも分からない。


ただ、大空に無数の風船たちが舞い上がっていくのを


ぼんやりとただ眺めていた。












そして、あれから5年。






俺は再びこの場所に立っていた。




高校生だった俺は大学生となっていた。













あれからその人の事を夢中で調べていた。
といっても家にはDVDだのCDだの雑誌だの本だのごろごろしていたので、片っ端から見始める。
母ちゃんは基本櫻井さんのファンだったけど全員が好きなのだと言って
メンバー全員のドラマはもちろんバラエティも全て録画しグッズも含め全て保管してあった。


その中からとりあえず今やっている彼の初主演しているというドラマを見た。
そこに映っているのはステージで踊り歌っていた人とはまるで別の人。
そしてそれ以外にもとりためてあった歌番組をはじめ
夜中にやっているまったりとした番組
夜にやっているバラエティ番組
昼にやっている対戦型の番組
撮ってあった心霊番組
真夜中にやっていたまだ若い頃の彼らの番組
その他もろもろそして雑誌や本、そしてDVDを夢中でみた。


面白いし
ダンスは凄いし
歌はうまいし
ドラマでは別人だし。
魅力があり過ぎてとても言葉に表しきれない。


そしてこんなにも近くに嵐漬けの人がいたのに、全く気付いていなかった自分が悔やまれる。
そしてその時には、もう人生は何かなんて考える余裕なんてなかった。
見たいものもたくさんありすぎたし、消化しきれないものがたくさんあった。



そして。


いつしか夢もできた。


壮大な夢。


その為に、それまであまり勉強の必然性を感じなかった俺は進路の事を考え勉強を始めた。
それでも憧れだけでどうこうできる訳ではない事はわかっている。
でも初めてできた夢。
初めての目標。













無謀だとも思ったけど、それでも、あれから5年。



俺は再びこの場所に立っていた。



ただのバイトだけど。



舞台に携わるなんてそんな夢とは程遠いただの肉体労働だけど。
使いパシリで重たい荷物を運んだり工具を持って走ったり。
怒鳴られることもしょっちゅうで危険な事もたくさんあるけど。


そこにいるだけで汗が滝のように流れた。


ふと、その場所から上を見上げる。


やっぱり凄い空間。


そしてこの場所を毎年連日満員にする人達。


なぜあの時もっと真剣にステージを見ていなかったかと悔やまれる。
そして改めてどれだけ凄い人たちだったのかと思い知る。
あれからファンクラブに入会してもコンサートに当たる事はおろかアリーナ席なんて夢のまた夢だった。
あの時の事がどれほど凄い事だったかを今更ながら思い知る。
今だったら泣いてアリーナがと言っていた母ちゃんの気持ちがわかる気がした。


あれから当たったという母ちゃんに一緒に行きたいと頼んでも、お友達の笠原さんと行くからダメって言われるし。
ファンクラブに入っても全然当たんないし。
まあこうしてコンサートに携われること自体奇跡で夢みたいな事なんだけど。
でも俺たち下っ端バイトはある程度出来上がってしまえば終わりみたいなもので、リハさえ見られるわけでもない。














そんな事を心の中で愚痴りながら作業に没頭する。


「……ジュニアの子?」


突然後方から声をかけられた気がした。


「……?」


何だろうと思いながら振り返ると、キャップを深くかぶった男の人。


「……」

「……」


この人が今俺に話しかけたんだろうか?
でも何も言わないし…。
しばらくお互い無言で見つめあう。


って。


えぇえええええ?


まさか、大野さん?
何で?
っていうか今、大野さんに話しかけられている?


何で?


周りを見渡すとみんな作業中で近くには誰もいない。
やっぱり俺が話しかけられたみたいだった。


なぜ大野さんがここにいて俺が話しかけられているのか。
何で、なぜ、とその全く理解できない状況に焦る。


それにジュニアの子って言ってたけど俺がそうなのかと聞かれてるのだろうか?


「ち、違います。俺は、バイトで…」

「そうだよねー綺麗な子がいるからもしかしてって思ったけど、
ジュニアの子がここでトンカチ持ってるはずないよねー」


そう言いながら、うんうんと自分自身の言葉に納得している。














もしかして天然なのか? と思いつつもあまりにもその姿が可愛くてつい顔が緩む。
でもなぜここに、この人が?
まあ確かに自分たちのコンサート会場。
下見や演出を考える上で来ることはあるだろう。


でも何で?
っていうか綺麗な子、ってまさか俺のこと?
色々な思いが頭の中をかけまわりとても整理しきれない。


ずっと画面上で見続けていた大野さんが目の前にいて。
そしてその状況に把握しきれない俺がいて。
それはもう自分の許容範囲をとうに超えていた。


周りを見渡すとみんなは作業に没頭中だし、大野さんはラフな格好でキャップを深くかぶっていて、
完全にオーラを消し去ってるし。
まあだいたい本人たちのコンサートの舞台を作っているわけだから気付いたとしても騒がないだろうけど。


でも俺は全然慣れてない。


「じゃ、暑いけど頑張ってね~」


そんな事を頭の中でぐるぐる考えていたら大野さんがそう言って去ろうとした。


って、今、俺に笑いかけた?
頑張ってねって言った?
あの大野智が?
このでかい舞台を連日満員にする嵐の?


いくら彼らの舞台を作っているとは言ってもやっぱり信じられない。


いや、本当は彼らの舞台。
もしかして会えたらなんてちらっと頭をかすめた時が片時もないと言ったら嘘になる。
でも遠くで見るくらいでそんなの夢の夢だと思っていた。


それなのに。


やっぱり信じられない。
















「あ、あのっ」

「……え?」


行こうとした大野さんを思わず引き留める。


「あ、あの、俺大野さんのファンなんです。それでどうしてもステージに携わりたくて…」

「……」

「初めて見た時からずっとファンで、大好きで……DVDも擦り切れるほど見てました」

「……」


相手は芸能人で、ましてや男相手に突然そんな告白されたって答えようがないのだろう。
立ち止まったまま静かな眼差しで見つめられる。


「すみません…」

「……」




その綺麗な顔で向けられる視線に恥ずかしくなって俯いた。





そして、





言った事を後悔した。