この物語、19世紀半ばのロンドンの下町で舞台は始まる。ヴィクトリア朝とくればチャールズ・ディケンズの世界である。主人公は17歳の女の子スウ、育ての母サクスビー夫人に可愛がられ、ラスト街の故買屋の家で幸せに暮らしている。もう一人のヒロインが、モードで、時代遅れの城館に老いた伯父と住む令嬢である。スウとモードは同い年。ここがミソ。ある夜、通称"紳士"と呼ばれる詐欺師が儲け話があるといってスウの家を訪れる。というのが…。
ここまでしか書かないのが礼儀だろう。しかし、しかし…、「起・承・転・転・転・結」に、さらにもう二つ、三つの「転」を付け加えたいほど、二重三重に仕掛けられた絶妙なトリックに読み手は作者のなすがままページをめくらざるを得なくなる。
カバーの絵画に見入っているうちにそのまま受けるイメージで物語の世界に入っていける。イギリスがもつディープな闇の世界にうごめく人の営みのおどろおどろしさ、ぼくは日本人でよかった、とつくづく思う。大富豪の女性と結婚し、新妻が病気であると精神病院に入院させれば、その財産はすべて夫のものとなる。医者と結託して健常者である妻を無理やり病気に仕立て、財産を分捕り、妻を生涯病院暮らしさせることが、当時、よくあったらしい。これがベースになっている。で、これで先入観を抱き、ストーリーが読める気になったら大間違いであると忠告しておく。
「うっさいよ!」なんていう啖呵が可愛いスウ、本を読むにも食事をするにも手袋をはいてと貴婦人たるべく育てられたモード、さらには不気味といってよい伯父、怪しげな故買屋のオヤジ、堂々たるタフさぶりを見せるサクスビーの母ちゃんと、登場人物もミステリアスで、緻密に描写し、活きている。会話文のみならず翻訳(中村有希氏)の全てを絶賛したい。
昨年、17世紀のアムステルダムを背景にした「珈琲相場師」を読み終えた勢いで買ってしまい、長らく「積読」状態だったが、得をした気分だ。上・下巻合わせるとちと痛い出費だったが、読後はそんなことすっかり忘れ去っている。ネタバレに気をつけたつもりでこんな書き方になってしまった。今夜は早寝だ。