確かな自分を持ち心に豊かな引き出しを持って、しかもその出し方をわきまえていて、表現はさり気なく厭味がない。柔らかくしなやかに語るが、その奥底にあるものは確かなもので、揺るぎがない。現象に流されることなく実体をおさえる。これは教室で出会う皆さんに共通していることである。
通奏低音を同じくするひと同士は妙にひかれ合うものらしい。
このひとの一声から何かが動き出すといった印象のあるYちゃんがTさんとお話がしたいと言い、また、いつも優しいまなざしのRさんがミステリアスな雰囲気を漂わせるTM嬢に会ってみたいと言う。
おねだりされたら、りっぱなお腹のドラえもんは叶えてさしあげようと動き出す。ご縁なのだろうか、受講日の流れから幸いトントン拍子に話が進んで実現した。これで教室のカテゴリが新たに増えたことになる。
出会い系パソコン教室
下手な仲人口を控えた月下氷人が退散した後、時は厳かに流れ、めでたく彼女たちはめくるめく忘我のときを過ごされた。
か、どうか…。
携帯番号とメアドの交換し合ったのは確かだ。まあ何だ、『女は実体だが、男現象だ』という言葉が思い浮かぶ。エポックである。これがきっかけで息の長いコラボレーションになってくれれば意義深い。
ことほどさように「一言」から進化することがある。教室だって成長している。で、仲介の労は厭わないので、いつでも申し出ていただきたい。というか、M夫人ともお話したのだが、近々合コンを予定している。ぜひともお運びいただきたい。
達彦が生還した。重い戦争後遺症を引き摺って…。いや、朝の連ドラ、「純情きらり」の話である。桜子が、
「私だって苦しんでた」
というのを聴いて少し引く。君は戦争の重圧があったとはいえ冬吾に心傾きかけたではないか。ストーリー上で桜子の姉婿に寄せた思いは何かの伏線だとは思うが、そうでなければこのドラマは破綻しそう。視聴者を安易にいじくらないで欲しい。
ジャズは人を元気にさせる。ライオネル・ハンプトン楽団の「On The Sunny Side Of The Street」がいい。教室でサブウーファを利かせるとウッドベースが冴え渡る。しかし、すぐに疲れを覚えるのは寄る年波というやつか。