横浜のほほん・続

植物や生き物を見ながら歩いて感じたことなどを中心に日々を綴る。

熊野本宮大社

2019-04-15 06:57:19 | 日記



ツアーの一日目の宿は熊野川の支流・大塔川沿いの川湯温泉。
昔、青年の夢に現われたカワガラスに誘われて上流に行くと河原に湯気が立っていた。
カワガラスが水浴びをするところを掘ってみると温泉が出てきた。という伝説のある温泉だ。
今も河原に露天風呂がある。到着が遅く出発が早かったので入れなかった。

カワガラスはいなかったが、セグロセキレイが河原を飛び回って、何やら捕まえていた。






二日目は川湯温泉からさほど遠くない熊野本宮大社に向かった。
熊野本宮大社は熊野三山(本宮、速玉、那智各大社)の中心で、全国3000社以上の熊野神社の総本宮だ。

主祭神は素戔嗚尊(家津御子大御神)、本地仏は阿弥陀如来の神仏習合。幟には熊野大権現と書かれている。








大鳥居からの参道に続いて階段を上がっていく。






神門をくぐると檜皮葺の四つの社殿がある。
元は近くの大斎原(おおゆのはら)に上四社、中四社、下四社とあったが明治22年に大水害があり、
倒壊を免れた上四社が当所に移築された。

手前から第一殿、第二殿、第三殿、第四殿と並んでいる。
第一殿の祭神は伊邪那美大神(夫須美大神)、第二殿は伊邪那岐大神(速玉大神)で、建物は一つだ。







第三殿の祭神は当社の主祭神である家津美御子大神(素戔嗚尊)だ。







その右隣、第四殿の祭神は天照大神。

参拝は第三殿、第二殿、第一殿そして第四殿の順で行うものとされている。







神門の大注連縄の上には干支の絵馬を挟んで二つの注連縄がある。
この注連縄は八咫烏(やたがらす)を模している。







八咫烏は太陽の化身で三本の足があり、家津美御子大神(素戔嗚尊)に仕えている。
神武天皇を大和の橿原まで先導したという故事にならい、導きの神として信仰されている。

サッカー日本代表のユニフォームの胸のエンブレムにも描かれている。



早朝で参拝者も少なく、身が引き締まる思いがした。


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吉水神社

2019-04-14 06:45:32 | 日記



吉野山、金峯山寺の少し向こうに吉水神社がある。
最古の書院造り建物として世界遺産登録されている。

吉水院(きっすいいん)という1300年前に役行者が創立した修験宗の僧坊であったが、
明治維新の廃仏毀釈で後醍醐天皇を祭神とする神社となった。







ここは兄頼朝の追手から逃れた源義経と静御前が隠れ住んだところで、
右手の弁慶思案の間で武蔵坊弁慶が警護していたようだ。







後醍醐天皇は足利尊氏により幽閉されていた花山院から密かに吉野に行幸して、
ここ吉水院を南朝の皇居と定めた。
この玉座の部屋は上段の間五畳と下段十畳で、桃山期に模様替えされた書院だ。
障壁画は狩野永徳の作品で、左手にちょっと見える屏風は狩野山雪の作品だそうだ。。







書院内にはゆかりの展示物がいろいろあった。
これは武蔵坊弁慶の七つ道具の一つ武装槍。刺股も入っている。
七つ道具は諸説があるらしい。
ほかに義経の鎧(腹巻)もあった。







後醍醐天皇ゆかりの茶器。







一休宗純和尚の墨書も2点。
一休と言えば大徳寺や京田辺の一休寺だが、どのような経緯で吉水神社にあるのだろう。






庭には秀吉花見の本陣という碑があった。
有名な醍醐の花見に遡る4年前(文禄3年、1594)に吉野山で花見の宴を開催していたようで、
徳川家康、前田利家ら武将に茶人や連歌師など総勢五千人を引き連れて訪れたという。






書院内には、その時に使用された豪華な金屏風も展示されていた。






北闕門(ほっけつもん)は修験者たちが大峰山に入るにあたり祈りをした聖地で、
後醍醐天皇も毎日、ここで京都の空を仰ぎながら九字を切り祈っていたそうだ。
左手奥に見えるのは金峯山寺。










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吉野の桜

2019-04-13 06:01:38 | 日記



吉野山は山の下の方から上の方まで全山に桜があり長い間どこかが見頃となる。






今回は駐車場から花が出迎えてくれて、下千本、中千本、上千本どこも花盛りだった。
奥千本までは行けなかったが滞在の4時間が短いぐらいだった。







少しずつ上がって黒門を抜けて金峯山寺に向かう。






銅の鳥居(かねのとりい)は発心門といい、大峰山へ向かう修験者たちがくぐる門だ。
大峰への途中にある修行門、等覚門、妙覚門と合わせて四門ある最初の門だそうだ。







仁王門をくぐると金峯山寺だ。金峯山修験本宗の総本山で蔵王権現を本尊とする。
本堂は豊臣家の寄進で再興されたもので1592年の建立らしい。






蔵王大権現3躯(釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩)は秘仏だが、
仁王門の大修理を勧進して特別に開張していたので拝観してきた。
残念ながら写真は許可されていなかったが堂内を巡ることもできた。







吉野は南北朝時代に後醍醐天皇が京都を脱出して吉野朝を開いたところだ。
蔵王堂の傍に吉野朝宮址があり今は南朝妙法殿が建てられている。







蔵王道から少し上に吉水神社があり、そこからの中千本もなかなかの景色だ。







吉野山に桜が多いのは蔵王権現の神木だからだという。
修験道の開祖である役行者が修行中に現われた金剛蔵王菩薩に感得して蔵王権現像を彫った。
以来、行者たちは桜材で権現を彫刻し祀ったために神木として桜を大事にし、
信者が祈願するときには桜の苗を寄進するという風習ができたそうだ。







中千本の奥に如意輪寺が見える。後醍醐天皇の勅願寺で延喜年間の創建だという。

十分に桜を堪能したが、機会があれば次回は奥千本まで脚をのばしてみたいものだ。



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忍者なら吊り橋も駆け抜ける?

2019-04-12 06:35:58 | 日記



ツアーの初日、最初の観光場所は伊賀上野城を中心とする上野公園。
東京の上野公園と違って良いお天気の日曜日でも混雑なくゆったり出来る。






あちこちに忍者がいる。赤いのは「くのいち」か。
1回1000円ぐらいで忍者の衣装を貸してくれるようだ。






この日は各地の「おもてなし武将隊」も駆けつけていた。
津市の「勢州津高虎隊」、大阪の「甲援隊」、岐阜の「岐阜武将隊信義徹誠」、滋賀の「信長隊安土衆」だ。

希望すれば真ん中に入れてもらって記念写真が撮れる。







上野公園内には俳聖殿もあった。
伊賀上野生まれの松尾芭蕉。その生誕300年を記念して昭和17年に建てられた。
俳聖殿は芭蕉の旅姿を模して建てられている。丸い屋根は笠。俳聖殿の額の辺りが顔。
八角形の「ひさし」が蓑と衣、堂部分が脚部、周りの柱は杖や脚になるらしい。







次は奈良県に入って十津川村の谷瀬の吊り橋。到着したのは夕方5時前。

昔は生活のために十津川に丸木橋を架けて行き来したが、十津川の洪水のたびに流されたという。
そこで昭和29年に谷瀬村の人々が大金を出し合い800万円で大吊り橋を完成させた。
学校の先生の初任給が8000円足らずの時代に並々ならぬ思いだったのだろう。







長さ297mで高さは54mだそうだ。







歩くと、特に数人が歩くと、とってもよく揺れる。こわごわ歩くと一層揺れる。
何かに捕まりたくなるが、網のところのロープもがっちり安定した感じがしない。

往復して気づいたのは、モデルのようにスッスと脚を前に出し早足ぐらいで歩くのが良い。







歩くところは板張り。
網のロープに捕まるには左右どちらかへ体を寄せることになり、かえって恐い。







ちょうど今は眼下の桜が見頃の時だ。
しかし桜が咲いていたことに気づかない人もいたかも知れない。





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桜を愛でるツアー

2019-04-11 06:49:17 | 日記



先日、2泊3日のツアーに参加してきた。
三河安城駅からバスで三重、奈良、和歌山を駆け巡り各地で満開の桜を楽しんだ。

伊賀上野城では忍者や武将がたくさんいて面白かった。







十津川村谷瀬では、長さ297mの大吊り橋で揺られながら眼下に河原の桜を眺めた。
その夜は和歌山県本宮の川湯温泉に泊まった。







夜のうちの雨が嘘のように快晴の翌日は、早朝から熊野本宮にお参りした。
もとは大斎原(おおゆのはら)にあったが明治22年の大水害により、現在の場所に遷座された。







本宮から500mほど離れたところにある大斎原は日本一大きな鳥居の周りに桜がいっぱいだった。

この後、熊野古道の中辺路のほんの一部だけを歩いた。







高野龍神スカイライン等を走って3時頃に高野山・奥の院に着いた。
高野槙、杉などの大木と多数の墓石や供養塔が並ぶ中を歩き、弘法大師が入定している御廟にお参りした。

さすがに、ここは桜の花見という場所ではなかった。







橿原神宮駅前のホテルに泊まったので、翌朝に橿原神宮にお参りした。
しかし早朝なので本殿の神門は閉じられていた。
境内の深田池の桜が満開でヒドリガモがまだ残っていた。







9時前に吉野に着いて、4時間の自由時間に下千本、中千本、上千本など山いっぱいの桜を楽しんだ。
名前は千本だがシロヤマザクラなど200種で3万本の桜が集まっているそうだ。







最後は室生寺にお参りして五重の塔などを見てきた。
ここは桜より間もなく始まるシャクナゲが見事なお寺らしい。

3日とも天気が良くて桜も見頃で幸運な花見ツアーだった。





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