
山手線の駅名に、目黒と目白があるが関連がありそうなので調べてみた。
「目黒」といえば落語の「目黒のさんま」と目黒雅叙園しか思い浮かばないし、「目白」ならば田中元総理の目白御殿くらいか・・・。
(その目白御殿は、相続税に物納されて目白台運動公園の一部になったようだ。)
江戸時代に徳川家康と天海が、魔の侵入を防ぐため江戸城の北東の「鬼門」に寛永寺を、「裏鬼門」には増上寺を配置した。
さらに、家光の時代に江戸を守るために五つの不動さま、江戸五色不動が配置されたという・・・。
五色不動は、陰陽五行思想(木・火・土・金・水)に相対する五色(白・黒・赤・青・黄)の色にちなみ選ばれた不動尊で、目黒不動、目白不動、目赤不動、目青不動、目黄不動のこと。
伝説にはばらつきがあり、「五色不動」になったのは明治末または大正始めで、江戸時代は目黒不動・目白不動・目赤不動の三不動のみが知られていたともいう。


陰陽五行思想、方角を司る霊獣
「五色不動の所在地」
目黒不動:瀧泉寺(東京都目黒区下目黒3-20-26)
目白不動:金乗院(東京都豊島区高田2-12-39)
目赤不動:南谷寺(東京都文京区本駒込1-20-20)
目青不動:教学院(東京都世田谷区太子堂4-15-1)
目黄不動:永久寺(東京都台東区三輪2-14-5) 又は 最勝寺(東京都江戸川区平井1-25-32)
(注) 移転した不動尊もある。元の方角に不動のまゝ建っていたなら、コロナ騒動も起こらなかったのに・・・。
「目黒」といえば落語の「目黒のさんま」と目黒雅叙園しか思い浮かばないし、「目白」ならば田中元総理の目白御殿くらいか・・・。
(その目白御殿は、相続税に物納されて目白台運動公園の一部になったようだ。)
江戸時代に徳川家康と天海が、魔の侵入を防ぐため江戸城の北東の「鬼門」に寛永寺を、「裏鬼門」には増上寺を配置した。
さらに、家光の時代に江戸を守るために五つの不動さま、江戸五色不動が配置されたという・・・。
五色不動は、陰陽五行思想(木・火・土・金・水)に相対する五色(白・黒・赤・青・黄)の色にちなみ選ばれた不動尊で、目黒不動、目白不動、目赤不動、目青不動、目黄不動のこと。
伝説にはばらつきがあり、「五色不動」になったのは明治末または大正始めで、江戸時代は目黒不動・目白不動・目赤不動の三不動のみが知られていたともいう。


陰陽五行思想、方角を司る霊獣
![]() | 「目黒不動」瀧泉寺 目黒不動尊縁起によれば「滋覚大師が大同3年(808年)比叡山に向かう途中目黒で宿をとった。その時、不動明王の夢を見たのでその像を彫り、安置した。それが寺の始まりである。」という。 将軍家光が鷹狩りに来ていた時、可愛がっていた鷹が行方不明になった。そこで不動の僧に祈らせたところ無事に戻ってきた。 喜んだ家光は不動を深く尊信し、焼失していた堂塔を再建したという。 |
![]() | 「目白不動」の歴史は、弘法大師・空海が奥州の羽黒山に籠ったときにはじまる。空海の前に、不動明王に姿を変えた「大日如来」が現れ、持っていた剣で自分の肘を切ると、その肘から浄火が燃え上り、おごそかな仏の形になった。 空海はそれを二体の像に刻み、その一体が時を経て、武蔵国・関口に渡り着き、お堂が建てられた。それが「目白不動」の始まりとされるが、その年代は不明。 「目白不動」は、早稲田を見下ろす文京区関口駒井町の高台にあったが、1945年の戦火により焼失したため「金乗院(こんじょういん)」の境内に間借りしている。 |
「五色不動の所在地」
目黒不動:瀧泉寺(東京都目黒区下目黒3-20-26)
目白不動:金乗院(東京都豊島区高田2-12-39)
目赤不動:南谷寺(東京都文京区本駒込1-20-20)
目青不動:教学院(東京都世田谷区太子堂4-15-1)
目黄不動:永久寺(東京都台東区三輪2-14-5) 又は 最勝寺(東京都江戸川区平井1-25-32)
(注) 移転した不動尊もある。元の方角に不動のまゝ建っていたなら、コロナ騒動も起こらなかったのに・・・。

お江戸の地名、調べるとおもしろいことがいろいろとわかりそうで、興味津々です!
そうでしたか、都バスの1日乗車券が500円とは、安いですね。
なにしろ当方は、前から気になっていたものの、五つの不動さまの存在を 今回はじめて知りました。
1000年振りの御開帳でしたか。実際に観覧するには遠すぎますょね。
前から山手線の内に、目黒と目白があるのを、何らかの関連があるのかな程度に思ってました。
五つの不動さまで江戸に結界を構成させていたのですね。
いまでは、移転したお不動さまもいるので、結界が崩れてしまいました。
もし、不動のまゝ鎮座していたら、コロナ騒動にも安心していられたハズです。残念。
* ちっこいチャリさんの当該ブログ記事のアドレスをコメント(iina)に置きました。
目黒を除いた四不動が目の色で識別していたというのも、面白いです。
世にネアカとは申しますが、文字通りの目赤不動さまがいたとは・・・。怒り心頭の不動さまでした。
* (松中)さんの当該ブログ記事のアドレスをコメント(iina)に置きました。
目白不動のご開帳に行き合わせたとは、運がよいことでした。
iinaは、東寺展で不動明王を360度の全方位から観賞でき圧倒されて参りました。
https://blog.goo.ne.jp/iinna/e/be0fbeec3cbe060464a464fda3a187d4
はい、メジロは「目白」。
クイナは、「食いな」あるいは「悔いな」でしょうか ❔
調べると、ヒクイナの鳴き声とあるので「低い鳴き声」かと思ったら、「クヒ」と「鳴」く からだそうです。
お蔭さまでいろいろと学びましたが、直ぐに忘れてしまいそうです。