江島神社は、アップ済なので、今回は鍼師の杉山検校をご案内。
はじめの鳥居を右に行くと交番の隣を降りたところに鍼師・杉山検校の墓がある。
杉山検校は、江戸時代の鍼師で五代将軍徳川綱吉の病を治し、関東総検校の地位を得た。
その時使用した管鍼術は江の島弁才天から授かったといわれ、お礼に三重の塔を建てるなど、江の島とはゆかりが深い。
盲目の杉山検校が石につまづき転んだ時、偶然拾った竹筒の中に松葉が入っていたことから管鍼術を考案した。ここで物を拾うと幸運を授かると伝えられ、その石は福石と呼ばれるようになった。
燈籠の後ろに白く福石と塗られている。
検校は、他に「江ノ島弁財天道標」を12基(市の重要文化財)残している。
辺津宮
江島神社の3つの宮の本社で田寸津比売命(タギツヒメノミコト)が祀られている。茅の輪。
中津宮
市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)が祀られ慈覚大師が853年に創建した。
商人・歌舞伎界から寄進された石燈籠などがあり、古くからの江の島詣での盛況さがうかがえる。
石灯籠に、歌舞伎の「中村座」の名前が彫られている。 →
3つ目の宮 奥津宮は、2月4日にアップ予定。
はじめの鳥居を右に行くと交番の隣を降りたところに鍼師・杉山検校の墓がある。
杉山検校は、江戸時代の鍼師で五代将軍徳川綱吉の病を治し、関東総検校の地位を得た。
その時使用した管鍼術は江の島弁才天から授かったといわれ、お礼に三重の塔を建てるなど、江の島とはゆかりが深い。
盲目の杉山検校が石につまづき転んだ時、偶然拾った竹筒の中に松葉が入っていたことから管鍼術を考案した。ここで物を拾うと幸運を授かると伝えられ、その石は福石と呼ばれるようになった。
燈籠の後ろに白く福石と塗られている。
検校は、他に「江ノ島弁財天道標」を12基(市の重要文化財)残している。
辺津宮
江島神社の3つの宮の本社で田寸津比売命(タギツヒメノミコト)が祀られている。茅の輪。
中津宮
市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)が祀られ慈覚大師が853年に創建した。
商人・歌舞伎界から寄進された石燈籠などがあり、古くからの江の島詣での盛況さがうかがえる。
石灯籠に、歌舞伎の「中村座」の名前が彫られている。 →
3つ目の宮 奥津宮は、2月4日にアップ予定。
歴史と文化、そして史跡の名所ですね
今回のスポットは杉山検校でしたか
iina様宅でいろいろ学ぶことが出来て良いな~。
この橋を、列車になった気分で・・・端から端まで渡ったのですね。(^^ゞ
童心にかえり、ロープを輪にして汽車の気分で集うとよかったですよ。
江の島は、江戸のころも景観地ですから、少し遠出の気分ででかけたようです。
そう言えば、一昨日から新聞、TVで話題となっている、万能細胞(STAP細胞)の作製に成功した小保方晴子さんは中学生の頃から「人の“生と死”に対し、強い興味を持っていた」と紹介されていました。
この事が、、「過去数百年にもわたる細胞生物学を愚弄するものでばかげている」と却下されたと言われながらも、今回の常識を打ち破る衝撃の研究成果となったのでしょうね。
日本にとってはうれしいニュースです。
杉山検校の本名は和一(わいち)。「検校」(けんぎょう)という名称は、盲官の最高位のことです。こんな説明です。↓
『和一は、幼いときに失明し、鍼医を学んでいたが不器用で上達しなかった。ある時、江ノ島の弁財天社に21日間
籠もって祈願したところ、その満願の日に「福石」につまずいた。
この出来事が「管鍼法」(かんしんほう)が生まれるきっかけとなったといわれている。』
一心に鍼のことを考え尽くした満願の日に松葉を拾ったのを、弁財天から授かったヒントと考え、開眼したのでしょうね。
地方には地方の歴史がありますがやはり鎌倉辺りは良いですよね。ブログで勉強させてもらいありがたいです。
湘南は、南に海があって明るいイメージがあります。でも、海に近いと塩害もありますから、一長一短ありますよ。