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チラ

2013年03月29日 | 笑撃画像
食べたいわん ゴックン

犬だってのぞく



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5 コメント

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ペット食 (らいちゃん)
2013-03-29 06:05:48
現在は犬も猫もペットフードを与えていますが、座敷で飼育していると、飼い主の食べるものが食べたくなるかも知れませんね。
私が子供の頃は残飯に味噌汁をかけてを食べさせていましたが、現在はそのような粗末なものは与えず、中には人さまより美味しいものを食べさせているとも聞きます。
贅沢になりましたね。

「歴史街道」終了後は、地元の歴史をご紹介くだされば有り難いです。
歳と共に歴史に興味が湧いてきました。
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(らいちゃん) へ (iina)
2013-03-29 08:56:06
火事と喧嘩は江戸の花といいますが、お七は無知からとはいえ哀しい話です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E3%81%AE%E7%81%AB%E4%BA%8B

燃やした振袖が飛び火して類焼した振袖火事も因縁めいて有名ですが、幕府が江戸の都市改造を実行するために
放火したとする説もあるそうです。信じがたい説です。

>「歴史街道」終了後は、地元の歴史をご紹介くだされば有り難いです。
「歴史街道」終了後のことは、つい先日に決めました。そのまま「歴史街道」として続けるのですが、実は真新しさは
ありません。

折角ですから、地域の話題をしてみます。
「鶴間」地域は、現在の相模原市上鶴間、大和市下鶴間、町田市鶴間があります。この「鶴間」地域が川をはさんで現在の
町田市域にあたる武州多摩郡鶴間村と分かれたのは文禄(1592~1596)以前とみられます。また、上鶴間と下鶴間に
分かれたのは永禄(1558~1570)以降とみられています。

「鶴間」の由来は、昔ここに沼沢があり、鶴が多く飛来し空を舞っていたので「鶴舞=つるまい」が転じて「つるま」となった
とも、兄・源頼朝の勘気をこうむった義経が、鎌倉入りを許されずに京都へ戻る途中、この地を通ったときに鎌倉の方角
へ鶴が飛んでいくのを見たことに由来とするとも、源頼朝が富士へ鷹狩りに出かけた帰途、この地の空に鶴が舞うのを
見たことに由来するともいわれます。

いままでに「地元」で写真でアップしたこと程度で特記すべき歴史は薄いようです。こんご、面白い話を聞き及んだときは、
ブログに提供いたします。     m(_ _)m
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遠慮 (ムツゴロウ)
2013-03-29 12:07:48
気の弱いわんちゃんですね。

それとも、飼主が怖いのかしらん。

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ワンダフル (「のべR山会」のK)
2013-03-29 17:35:53
「誰もイヌうちにご御馳走いただきだわん」~と思いきや
「わん~だ、いたのか!」
「ドッグの前からみていたキャンね、半分ちょうだい。」
そんな会話有るかいな~。でも控えめなワンちゃんです。


なに珍
「ナニコレ珍百景」の情報ありがとうございました。
当宅よりも、むしろiina様が応募した方の内容に関心が向いてしまいます。
「MV珍」はまちがい無と思うのですが・・・・
機会みて是非ご紹介ください。
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2コメントに ワン (iina)
2013-03-30 08:58:53
(ムツゴロウ) さん へ
犬は、明るくて無邪気なのが好いですから、ムツゴロウさんがいわれるように気の弱い犬なのでしょう。
こんな犬もいるわん。




(「のべR山会」のK)さん へ
廃線を歩いたとは、登山の余興というか、練習のようです。
iinaも、糸魚川の親不知で海岸に降りたら、たまたま廃線をよぎりました。ほぼ海岸沿いでしたから、暴風雨の
ときは汽車を停めていた雰囲気でした。近くのトンネル内は、さすがに不気味でした。
いまは、その随分と高い所を北陸線が通っています。

蛇行する川沿いの風情は好いですね。庄川沿いに走る高山線の雰囲気があります。

「ナニコレ珍百景」は、ご当人が直に投稿するに限ります。なによりiinaは、採用された経験もありません。
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